・・・ じょあん孫七、じょあんなおすみ、まりやおぎんの三人は、土の牢に投げこまれた上、天主のおん教を捨てるように、いろいろの責苦に遇わされた。しかし水責や火責に遇っても、彼等の決心は動かなかった。たとい皮肉は爛れるにしても、はらいそ(天国の門・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・お絹は二人に会釈をしながら、手早くコオトを脱ぎ捨てると、がっかりしたように横坐りになった。その間に神山は、彼女の手から受け取った果物の籠をそこへ残して、気忙しそうに茶の間を出て行った。果物の籠には青林檎やバナナが綺麗につやつやと並んでいた。・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・お嫁にしてもらいたいって、学問のできる美しい方が掃いて捨てるほど集まってきてよきっと。沢本さんは男らしい、正直な生蕃さんね。あなたとはずいぶん口喧嘩をしましたが、奥さんができたらずいぶんかわいがるでしょうね、そうしてお子さんもたくさんできる・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・巻莨に点じて三分の一を吸うと、半三分の一を瞑目して黙想して過して、はっと心着いたように、火先を斜に目の前へ、ト翳しながら、熟と灰になるまで凝視めて、慌てて、ふッふッと吹落して、後を詰らなそうにポタリと棄てる……すぐその額を敲く。続いて頸窪を・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・……思え、講釈だと、水戸黄門が竜神の白頭、床几にかかり、奸賊紋太夫を抜打に切って棄てる場所に……伏屋の建具の見えたのは、どうやら寂びた貸席か、出来合の倶楽部などを仮に使った興行らしい。 見た処、大広間、六七十畳、舞台を二十畳ばかりとして・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「どうです、まだ任せられませんか、もう理屈は尽きてるから、理屈は抜きにして、それでも親の掟に協わない子だから捨てるというなら、この薊に拾わしてください。さあ土屋さん、何とかいうてください」「いや薊さん、それほどいうなら任せよう。たし・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、かの女は抱き児が泣き出したのをわざとほうり出すように僕の前に置き、「可愛くなけりゃア、捨てるなり、どうなりおしなさい!」「………」これまで自分の子を抱いたことのない僕だが、あまりおぎゃアおぎゃア泣いてるので手に取りあげては見たが・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・今の世の中の博愛とか、慈善とかいうものは、他人が生活に苦しみ、また境遇に苦しんでいる好い加減の処でそれを救い、好い加減の処でそれを棄てる。そして、終にこの人間に窮局まで達せしめぬ。私はこんな行為を愛ということは出来ぬ。本当の愛があれば、その・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・一度、人間が手に取り上げて育ててくれたら、きっと無慈悲に捨てることもあるまいと思われる。…… 人魚は、そう思ったのでありました。 せめて、自分の子供だけは、にぎやかな、明るい、美しい町で育てて大きくしたいという情けから、女の人魚は、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・「お前さん、それじゃ私を一時の慰物にしといて、棄てるんだね。」と女房はついに泣声を立てて詰寄せた。「慰物にしたんかしねえんか、そんなことあ考えてもみねえから自分でも分らねえ、どうともお前の方で好なように取りねえ、昨日は昨日、今日は今・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫