・・・ 不気味に凄い、魔の小路だというのに、婦が一人で、湯帰りの捷径を怪んでは不可い。……実はこの小母さんだから通ったのである。 つい、の字なりに畝った小路の、大川へ出口の小さな二階家に、独身で住って、門に周易の看板を出している、小母さん・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
序山吹の花の、わけて白く咲きたる、小雨の葉の色も、ゆあみしたる美しき女の、眉あおき風情に似ずやとて、――時 現代。所 修善寺温泉の裏路。同、下田街道へ捷径の山中。人 島津正洋画家。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・これは、もとより片方しかなかった鐙を、深草で値を付けさせて置いて、捷径のまわり道をして同じその鐙を京橋の他の店へ埋めて置いて金八に掘出させたのだ。心さえ急かねば謀られる訳はないが、他人にして遣られぬ前にというのと、なまじ前に熟視していて、テ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それにはもう少し誰にも分かりやすい言葉で誰の頭にもぴんと響くようなものを捕えて来るのが捷径ではないかという気がしますが如何でしょうか。 思いつくままを書きました。門外漢の妄語として御聞き捨てを願います。・・・ 寺田寅彦 「御返事(石原純君へ)」
・・・ とにかく、これに関してはやはり『野鳥』の読者の中に知識を求めるのが一番の捷径であろうと思われるので厚顔しくも本誌の余白を汚した次第である。 寺田寅彦 「鴉と唱歌」
・・・る事も必要であるが、それよりも、乗客自身が、行き当たった最初の車にどうでも乗るという要求をいくぶんでも控えて、三十秒ないし二分ぐらいの貴重な時間を犠牲にしても、次のすいた電車に乗るような方針をとるのが捷径である。これがために失われた三十秒な・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・金を獲るには僕の身としては書くのが一番の捷径であろう。恥も糞もあるものかと思いさだめて、一気呵成に事件の顛末を、まずここまで書いて見たから、一寸一服、筆休めに字数と紙数とをかぞえよう。 そもそも僕が始て都下にカッフェーというもののある事・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・けれども一線一画の瞬間作用で、優に始末をつけられべき特長を、とっさに弁ずる手際がないために、やむをえず省略の捷径を棄てて、几帳面な塗抹主義を根気に実行したとすれば、拙の一字はどうしても免れがたい。 子規は人間として、また文学者として、最・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・へと参らざるべからざる不運に際会せり、監督兼教師は○○氏なり、悄然たる余を従えて自転車屋へと飛び込みたる彼はまず女乗の手頃なる奴を撰んでこれがよかろうと云う、その理由いかにと尋ぬるに初学入門の捷径はこれに限るよと降参人と見てとっていやに軽蔑・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・蕪村が書ける春泥集の序の中に曰く、彼も知らず、我も知らず、自然に化して俗を離るるの捷径ありや、こたえて曰く、詩を語るべし、子もとより詩を能くす、他に求むべからず、波疑って敢えて問う、それ詩と俳諧といささかその致を異にす、さるを俳諧を・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫