・・・十人ばかりの教官も粟野さん一人を残したまま、ことごとく授業に出て行ってしまった。粟野さんは彼の机の向うに、――と云っても二人の机を隔てた、殺風景な書棚の向うに全然姿を隠している。しかし薄蒼いパイプの煙は粟野さんの存在を証明するように、白壁を・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・あるいはそれでも知らぬ顔をすると、今度は外国語の授業料の代りに信仰を売ることを勧めるのである。殊に少年や少女などに画本や玩具を与える傍ら、ひそかに彼等の魂を天国へ誘拐しようとするのは当然犯罪と呼ばれなければならぬ。保吉の隣りにいる少女も、―・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・その日私は学校に居りますと、突然旧友の一人が訪ねて参りましたので、幸い午後からは授業の時間もございませんから、一しょに学校を出て、駿河台下のあるカッフェへ飯を食いに参りました。駿河台下には、御承知の通りあの四つ辻の近くに、大時計が一つござい・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・自分の中学は、当時ある私立中学で英語の教師を勤めていた、毛利先生と云う老人に、今まで安達先生の受持っていた授業を一時嘱託した。 自分が始めて毛利先生を見たのは、その就任当日の午後である。自分たち三年級の生徒たちは、新しい教師を迎えると云・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
一「小使、小ウ使。」 程もあらせず、……廊下を急いで、もっとも授業中の遠慮、静に教員控所の板戸の前へ敷居越に髯面……というが頤頬などに貯えたわけではない。不精で剃刀を当てないから、むじゃむじゃとして・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・やがて、いつものごとく授業が始まりました。 休みの時間に、彼は、老先生の前へいって、東京へ出る、決心をしたことを告げると、「君がいってくれたら、山本くんも喜ぶだろう。ただ注意することは、第一に、なにごとも忍耐だ。つぎに、男子というも・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・ その日の午後、授業時間が終わって学校から帰るときに、甲・丙・丁は、いちはやく逃れて帰ることができました。けれど、乙だけは太郎と約束をしたので逃げて帰ることができずに、ついに太郎といっしょに帰ることになりました。 乙は太郎がどんなこ・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・ そのうちに、話す時間もなく、ベルが鳴ってお教室に入り、授業がはじまりました。 いよいよお昼になって、みんながお弁当を食べるときとなったのです。ひとり、北川だけは机に向かって、宿題をしていました。 小田には、なにもかもわかってい・・・ 小川未明 「笑わなかった少年」
・・・倖い私のはいった学校は自由を校風としていた。授業のはじめと終りに鳴る鐘は自由の鐘とよばれていて、その学校のシンボルであった。寄宿舎も自由寮という名がついていた。 私はその名に憧れて自由寮の寮生になった。ところが自由寮には自治委員会という・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 妹の学資は随分の額だのに、洋裁学院でくれる給料はお話にならぬくらい尠く、夜間部の授業を受け持ってみても追っつかなかった。朝、昼、晩の三部教授の受持の時間をすっかり済ませて、古雑布のようにみすぼらしいアパートに戻って来ると、喜美子は古綿・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
出典:青空文庫