・・・「毛頭、お掛値はございやせん。宜しくばお求め下さいやし、三銭でごぜいやす。」「一銭にせい、一銭じゃ。」「あッあ、推量々々。」と対手にならず、人の環の底に掠れた声、地の下にて踊るよう。「お次は相場の当る法、弁ずるまでもありませ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・二十日に要るのですけれど(日数に於いて掛値おそくだと、私のほうでも都合つくのですが(虚飾のみ。人を愚弄万事御了察のうえ、お願い申しあげます。何事も申しあげる力がございません委細は拝眉の日に。三月十九日。治拝。(借金の手紙として全く拙劣を極む・・・ 太宰治 「誰」
・・・しかし映画の時間は確かにある意味では立派に逆転し、従って歴史はほんとうに掛け値なしに逆さまに流れる。厳密に言えば、時間の連続な流れの中から断続的に規則正しい間隔の断片を拾い上げたものを逆の順序に展開するのであるが、われわれの視覚的効果の上で・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・とは云ってもそれは今のラジオのような波長の長い電波ではなくて、ずっと波長の短い光波を使った烽火の一種であるからそれだけならばあえて珍しくない、と云えば云われるかもしれないが、しかしその通信の方法は全く掛け値なしに巧妙なものといわなければなら・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・そうしてその積分されたものの掛け値なしの正味はと言えば結局科学の収穫だけではないかという気がする。思想や知恵などという流行物はどうもいつも一方だけへ進んでいるとは思われない。 七 妙な夢を見た。大河の岸に建った家・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・潜って、銀銭を拾う黒ん坊の子供の事や、ポルトセエドで上陸して見たと云う、ステレオチイプな笑顔の女芸人が種々の楽器を奏する国際的団体の事や、マルセイユで始て西洋の町を散歩して、嘘と云うものを衝かぬ店で、掛値と云うもののない品物を買って、それを・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫