・・・自分には、すぐれた作品に接するという事以外には、一つも楽しみが無いのです。自分にとって、仕事が全部です。仕事の成果だけが、全部です。作家の、人間としての魅力など、自分は少しもあてにして居りません。ろくな仕事もしていない癖に、その生活に於いて・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・今度の家は前のせまくるしい住居とちがって広い庭園に囲まれていたので、そこで初めて自由に接することの出来た自然界の印象も彼の生涯に決して無意味ではなかったに相違ない。 彼の家族にユダヤ人種の血が流れているという事は注目すべき事である。後年・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・実と虚と相接するところに虚実を超越した真如の境地があって、そこに風流が生まれ、粋が芽ばえたのではないかという気がするのである。もっともこの中立地帯の産物はその地帯の両側にある二つの世界の住民から見るとあるいは廃頽的と見られあるいは不徹底との・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・別に見たくないという格段の理由がある訳でもなんでもないが、またわざわざ手数をして見に行きたいと思う程の特別な衝動に接する機会もなかったために、――云わば、あまり興味のない親類に無沙汰をすると同様な経過で、ついつい今まで折々は出逢いもした機会・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・これに依って先覚諸氏の示教に接する機を得ば実に望外の幸いなり。 一 ある自然現象の科学的予報と云えば、その現象を限定すべき原因条件を知りて、該現象の起ると否とを定め、またその起り方を推測する事なり。これは如何・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・丘阜に接するあたりの村は諏訪田とよばれ、町に近いあたりは菅野と呼ばれている。真間川の水は菅野から諏訪田につづく水田の間を流れるようになると、ここに初て夏は河骨、秋には蘆の花を見る全くの野川になっている。堤の上を歩むものも鍬か草籠をかついだ人・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・わたくし達は、又日々社会の新事物に接する毎に絶間なく之に対する批判の論を耳にしている。今の世は政治学芸のことに留らず日常坐臥の事まで一として鑑別批判の労をからなくてはならない。之がため鑑賞玩味の興に我を忘るる機会がない。平生わたくし達は心窃・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・石垣と松の繁りを頂いた高い土手が、出たり這入ったりして、その傾斜のやがて静かに水に接する処、日の光に照らされた岸の曲線は見渡すかぎり、驚くほど鮮かに強く引立って見えた。青く濁った水の面は鏡の如く両岸の土手を蔽う雑草をはじめ、柳の細い枝も一条・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・文芸が極致に達したときに、これに接するものはもしこれに接し得るだけの機縁が熟していれば、還元的感化を受けます。この還元的感化は文芸が吾人に与え得る至大至高の感化であります。機縁が熟すと云う意味は、この極致文芸のうちにあらわれたる理想と、自己・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・といえる尊き信念の面影をも窺うを得て、無限の新生命に接することができる。 西田幾多郎 「我が子の死」
出典:青空文庫