・・・あのお方の御環境から推測して、厭世だの自暴自棄だの或いは深い諦観だのとしたり顔して囁いていたひともありましたが、私の眼には、あのお方はいつもゆったりしていて、のんきそうに見えました。大声挙げてお笑いになる事もございました。その環境から推・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ それからの鶴の消息に就いては、鶴の近親の者たちの調査も推測も行きとどかず、どうもはっきりは、わからない。 五日ほど経った早朝、鶴は、突如、京都市左京区の某商会にあらわれ、かつて戦友だったとかいう北川という社員に面会を求め、二人で京・・・ 太宰治 「犯人」
・・・もし旋風のためとすればそれは馬が急激な気圧降下のために窒息でもするか内臓の障害でも起こすのであろうかと推測される。しかしそれだけであってこのギバの他の属性に関する記述とはなんら著しい照応を見ない。もっとも旋風は多くの場合に雷雨現象と連関して・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ それはいずれにしても、武士道というものに対しても西鶴が独自の見解をもっていて、その不合理と矛盾から起る弊害を指摘する心持があったであろうという想像は、マテリアリストとしての彼の全体から判断し推測してそれほど無稽なものではないと思われる・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・その事故を徹底的に調査する委員会ができて、おおぜいの学者が集まってあらゆる方面から詳細な研究を遂行し、その結果として、このだれ一人目撃者の存しない空中事故の始終の経過が実によく手にとるようにありありと推測されるようになって来て、事故の第一原・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・また今年の春には谷中瑞輪寺に杉本樗園の墓を尋ねた時、門内の桜は既に散っていたが、門外に並んだ数株の老桜は恰も花の盛であったのみならず、わたくしは其幹の太さより推測して是或は江戸時代の遺物ではあるまいかと、暫く佇立んでその梢を瞻望した。是日ま・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ わたくしは響のわたって来る方向から推測して芝山内の鐘だときめている。 むかし芝の鐘は切通しにあったそうであるが、今はその処には見えない。今の鐘は増上寺の境内の、どの辺から撞き出されるのか。わたくしはこれを知らない。 わたくしは・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・後になって当夜の事をきいて見ると、春浪さんは僕等三人が芸者をつれて茶亭に引上げたものと思い、それと推測した茶屋に乱入して戸障子を蹴破り女中に手傷を負わせ、遂に三十間堀の警察署に拘引せられたという事であった。これを聞いて、僕は春浪さんとは断乎・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・さてその事実を極端まで辿って行くと、いっさい万事自分の生活に関した事は衣食住ともいかなる方面にせよ人のお蔭を被らないで、自分だけで用を弁じておった時期があり得るという推測になる。人間がたった一人で世の中に存在しているということは、ほとんど想・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・私は無論病気の事をご通知はしておきませんでしたが、二三の新聞にちょっと出たという話ですから、あるいはその辺の事情を察せられて、誰かが私の代りに講演をやって下さったのだろうと推測して安心し出しました。ところへまた岡田さんがまた突然見えたのであ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫