・・・ 本人始めての活版だし、出世第一の作が、多少上の部の新聞に出たことでもあれば、掲載済の分を、朝から晩まで、横に見たり、縦に見たり、乃至は襖一重隣のお座敷の御家族にも、少々聞えよがしに朗読などもしたのである。ところがその後になって聞いてみ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 早速社へ宛てて、今送った原稿の掲載中止を葉書で書き送ってその晩は寝ると、翌る朝の九時頃には鴎外からの手紙が届いた。時間から計ると、前夜私の下宿へ来られて帰ると直ぐ認めて投郵したらしいので、文面は記憶していないが、その意味は、私のペン・・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・連載物など、前に掲載した分を読み返すか、主要人物の姓名の控えを取って置けば間違いはないのに、それをしないものだから、平気で人名を変えたりしている。それに驚くべきことだが、字引を引いたことがないという。第一字引というものを持っていない。引くの・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・彼等は金儲けのためには義理人情もない云々と書き立て、――それに比べると川那子丹造鑑製の薬は……と、ごたくを並べ、甚しきは医者に鬼の如き角を生やした諷刺画まで掲載し、なお、飽き足らずに「売薬業者は嘘つきの凝結」などと、同業者にまで八つ当った…・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・これには、毎月欠かさず××の記事が掲載された。三十八年八月には、堺利彦の訳になるトルストイの日露戦争反対論が掲げられている。 かゝる事実は、この戦争が如何なる意義を持っていたかを説明する材料の一つとなり得るものであるが、当時の戦争文学に・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・いつか鳩に就いての随筆を、地方の新聞に発表して、それに次兄の近影も掲載されて在りましたがその時、どうだ、この写真で見ると、おれも、ちょっとした文士だね、吉井勇に似ているね、と冗談に威張って見せました。顔も、左団次みたいな、立派な顔をしていま・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・二日か三日にわけて掲載。アプトデートのテエマで書いてくれ。期日は、明後日正午まで。稿料一枚、二円五十銭。よきもの書け。ちかいうちに遊びに行く。材料あげるから、政治小説かいてみないか。君には、まだ無理かな? 東京日日新聞社政治部、小泉邦録。」・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・昨年、私は甲府市のお城の傍の古本屋で明治初年の紳士録をひらいて見たら、その曾祖父の実に田舎くさいまさしく百姓姿の写真が掲載せられていた。この曾祖父は養子であった。祖父も養子であった。父も養子であった。女が勢いのある家系であった。曾祖母も祖母・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・に顔をそむけながら力の抜けた握手を交してそそくさと別れ、その日のうちにシゲティは横浜からエムプレス・オブ・カナダ号に乗船してアメリカへむけて旅立ち、その翌る日、東京朝日新聞にれいのルフラン附きの文章が掲載されたというわけであった。けれども私・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・の誌上に掲載されるという意外の光栄を得まして、それに気をよくして、さらにその次には、「林檎を盗みに行った時」という題で、やはり田舎に於ける私の冒険失敗談をかなり長く、れいの如くさかんに行をかえて書き、やはり「あけぼの」に掲載せられまして、こ・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫