・・・日本人の物の見方考え方の特色は、現実の中に無限を掴むにあるのである。しかし我々は単に俳句の如きものの美を誇とするに安んずることなく、我々の物の見方考え方を深めて、我々の心の底から雄大な文学や深遠な哲学を生み出すよう努力せなければならない。我・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・その最も力を尽す処は打者が第三撃にして撃ち得ざりし時その直球を攫むと、走者の第二基に向って走る時球を第二基人に投ずると、走者の第三基に向って走る時球を第三基人に投ずると、走者の本基に向って来る時本基に出てこれを喰いとめると等なりとす。投者は・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・ 自分にとって、何より大切な、心を掴むことは、彼が実に真面目な人間として最後まで持ちこたえた、と云うことである。 足助氏その他に相談しながら血縁の誰にも一言洩さなかったことの意味もよくわかる。とにかく力一杯にやって来、終に身を賭して・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・複雑な箇々の関係や、恐るべき人性の奇蹟、悪業をガッと掴む事も見る事も出来かねる。単純な、適当な言葉で云えば非常な喜びで我を忘れる事も、深い懐疑に沈潜する事も、こわいのである。自分が失われるだろうと云う予感が先ず影で脅す、脅かされる丈の内容の・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・右の手は、重い腹をすべって垂れ下っている粗いスカートを掴むように握っている。「医者のもとで」という題のこのスケッチには不思議に心に迫る力がこもっている。名もない、一人の貧しい、身重の女が全身から滲み出しているものは、生活に苦しんでいる人・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・ 然し、此時多くの 友達と、所謂読者はお前を離れるだろう彼等には あまり ひためんだからあんまり 掴む あぶはち、とんぼ が 見えないから。 *勢こんで ものを書き非常に おなかが ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・そして、敵は抜目なくその間から自身の利用すべきものを掴むのだ。 向い合って坐っていた女給が突然、「いやァ! こわい!」と袂で顔を押え、体をくねらしたので、自分はびっくりして我にかえった。「どうしたの?」「だってェ……あん・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・世代の善意にはいつも幅がある、それをどこから掴むかという点で。 これらのことが心にひっかかって来るというのも先頃高見順氏が獅子と鼠との喩えばなしで非力なるものとしての文学の力ということを書いて、一般に反響をもった、そのことと自然連関・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・のについて余り注目を深めなかったり、歪曲された功用論への是正としての芸術本質論の方法において、文学の経た歴史の刻みを逆に辿る形をより強く示めさざるを得なかったような現象は、今日の紛糾を明日へ向って勁く掴む歴史的な感覚の弱さでは小説の弱さに通・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・ 彼は百合を攫むと部屋の外へ持ち出した。が、さて捨てるとなると、その濡れたように生き生きとした花粉の精悍な色のために、捨て処がなくなった。彼は小猫を下げるように百合の花束をさげたまま、うろうろ廊下を廻って空虚の看護婦部屋を覗いてみた。壁・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫