・・・負傷者の携帯品は病室から橇へ運ばれた。銃も、背嚢も、実弾の這入っている弾薬盒も浦潮まで持って行くだけであとは必要がなくなるのだ。とうとう本当にいのちを拾ったのだ。 外は、砂のような雪が斜にさら/\とんでいた。日曜日に働かなければならない・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・それを、そっくり携帯した。そのほか、ふたりの着換えの着物ありったけ、嘉七のどてらと、かず枝の袷いちまい、帯二本、それだけしか残ってなかった。それを風呂敷に包み、かず枝がかかえて、夫婦が珍らしく肩をならべての外出であった。夫にはマントがなかっ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・私はわけのわからぬ言葉を発して、携帯の風呂敷包を下駄箱の上に置き、素早くほどいて紋附羽織を取出し、着て来た黒い羽織と着換えたところまでは、まずまず大過なかったのであるが、それからが、いけなかった。立ったまま、紺足袋を脱いで、白足袋にはき換え・・・ 太宰治 「佳日」
・・・作品を持って来た時に限って、がらがらがらっと音高くあけてはいって来る。作品を携帯していない時には、玄関をそっとあけてはいって来る。だから、三井君が私の家の玄関の戸を、がらがらがらっと音高くあけてはいって来た時には、ああ三井が、また一つ小説を・・・ 太宰治 「散華」
・・・大丈夫、雨が降らないとは思うけれど、それでも、きのうお母さんから、もらったよき雨傘どうしても持って歩きたくて、そいつを携帯。このアンブレラは、お母さんが、昔、娘さん時代に使ったもの。面白い傘を見つけて、私は、少し得意。こんな傘を持って、パリ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・見ると、兄さんは、ちゃんと背広を着て、トランクを携帯して居ります。「心あたりがございますの?」「ええ、わかって居ります。あいつら二人をぶん殴って、それで一緒にさせるのですね。」 兄さんはそう言って屈託なく笑って帰りましたけれど、・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・一より十まで、日、月、同、御、候の常用漢字、変体仮名、濁点、句読点など三十個ばかり、合わせても百字に足りぬものを木製活字にして作らせ、之を縦八寸五分、横四寸七分、深さ一寸三分の箱に順序正しく納めて常時携帯、ありしこと思うことそのままに、一字・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・を利用して少しばかりこの方面の観察をしようと思ったので、まず第一の参考として牧野氏著「植物図鑑」を携帯して行って、少しずつ、草花の名前でも覚えようと企てた。 毎朝五時には目がさめる。子供や女中などはまだ寝ている間に、宿の後ろの丘の細道や・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ とにかく、他に実務的な携帯品があったのでは、せっかくのステッキもただのじじむさい杖になってしまう。よごれた折り鞄などを片手にぶらさげてはいけないのである。やはり全く遊ぶよりほかに用のない人がステッキ、そうしてステッキだけをかかえていな・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・ある時山奥のまた山奥から出て来た病人でどの医者にも診断のつかない不思議な難病の携帯者があった。横山先生のところへ連れて行くと、先生は一目見ただけで、これはじきに直る、毎日上白米を何合ずつ焚いて喰わせろと云った。その処方通りにしたら数日にして・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
出典:青空文庫