・・・ この地方の人は始終毒を携帯して歩いている。もし何か自分の悪事が見付かって罰せられそうになると、大急ぎでその毒を仰いで自決をしようとする。これは存外見上げたものだと思われる。ところが困った事にはそういう罪人をつかまえる為政者の方でもちゃ・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・大きな荷物は彼等が必ず携帯する自分の敷蒲団と枕とである。此も紺の袋へ入れた三味線が胴は荷物へ載せられて棹が右の肩から斜に突っ張って居る。彼等は皆大きな爪折笠を戴く。瞽女かぶりといって大事な髪は白い手拭で包んでそうして其髷へ載せた爪折笠は高く・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・「あしたの饂飩が気になるから、このうち二個は携帯して行こうと思うんだ」「うん、そんなら、よそう」と圭さんはすぐ断念する。「よすとなると気の毒だから、まあ上げよう。本来なら剛健党が玉子なんぞを食うのは、ちと贅沢の沙汰だが、可哀想で・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・爺さんは大喜びで、さっそく細君携帯で仏蘭西の大磯辺に出かけます。するとそこに細君と年齢からその他の点に至るまで夫婦として、いかにも釣り合のいい男が逗留していまして細君とすぐ懇意になります。両人は毎日海の中へ飛び込んでいっしょに泳ぎ廻ります。・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 携帯口糧のように整理された文化の遺産は、時にとって運ぶに便利であろうけれども、骨格逞しく精神たかく、半野生的東洋に光を注ぐ未来の担いてを養うにはそれだけで十分とは云い切れまいと思える。 三代目ということは、日本の川柳で極めてリアル・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・では、当時文壇や一般知識人の間に問題とされていた思想の諸課題、例えばヒューマニズムの問題、知性の問題、科学性の問題などをそのまま職場へ携帯して行って、そこでの現実の見聞、情景、插話の中から、携帯して行った観念を背負わせるにふさわしいと思われ・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
・・・彼等が闘いとった権力をもう二度とツァーに返すものかという決意が、まざまざ読みとれ、彼等はやはり言葉すくなに、携帯品預所でめいめいの手荷物をうけとり、職場へ戻って行くのであった。 日本のこの留置場の有様が、そうやって革命博物館の内にそっく・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・などでは、当時文壇や一般に課題とされていた知性の問題、科学性の問題、ヒューマニズムの問題などを、ちゃんと携帯して現地へ出かけて行って、そこでの見聞と携帯して行った思想とを一つの小説の中に溶接して示そうとした。 この作品は他の理由から物議・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・作者はその一二年来文学及び一般の文化人の間で論議されながら時代的の混迷に陥って思想的成長の出口を見失っていた知性の問題、科学性の問題、人間性の問題などを作品の意図的主題としてはっきりした計画のもとに携帯して現地へ赴いた。そこでの現実の見聞を・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・夕飯前の一散歩に、地図携帯で私共は宿を出た。彼此五時頃であったろうか。 雨あがりだから、おっとりした関西風の町並、名物の甃道は殊更歩くに快い。樟の若葉が丁度あざやかに市の山手一帯を包んで居る時候で、支那風の石橋を渡り、寂びた石段道を緑の・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫