・・・私は、そこの茶店では、頑強に池の面ばかりを眺めて、辛うじて私の弁舌の糸口を摘出することに成功するのである。その茶店の床几は、謂わば私のホオムコオトである。このコオトに敵を迎えて戦うならば、私は、ディドロ、サント・ブウヴほどの毒舌の大家にも、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・一巻の創作集の中から、作者の意図を、あやまたず摘出してくれる。山岸君も、亀井君も、お座なりを言うような軽薄な人物では無い。この二人に、わかってもらったら、もうそれでよい。 自作を語るなんてことは、老大家になってからする事だ。・・・ 太宰治 「自作を語る」
・・・しかしまたチェホフのような人は日常茶飯事的環境に置かれた人間の行動から人性の真を摘出して見せた。そうしてわが日本の、乞食坊主に類した一人の俳人芭蕉は、たったかな十七文字の中に、不可思議な自然と人間との交感に関する驚くべき実験の結果と、それに・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ これらは、西鶴一流とは云うものの、当時の日本人、ことに町人の間に瀰漫していて、しかも意識されてはいなかった潜在思想を、西鶴の冷静な科学者的な眼光で観破し摘出し大胆に日光に曝したものと見ることは出来よう。もしもそうでなかったらいかに彼の・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ホーマーやダンテの多弁では到底描くことのできない真実を、つば元まできり込んで、西瓜を切るごとく、大木を倒すごとき意気込みをもって摘出し描写するのである。 この幻術の秘訣はどこにあるかと言えば、それは象徴の暗示によって読者の連想の活動を刺・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・そうして雨量と売り上げとの相関は一つの合理的な研究問題として採用せられ、その研究の結果から、季節による変化とか、いわゆる景気の影響とかいうものが摘出されうる可能性をも予想することができるであろう。 地震と漁獲との関係もかなりこれに類した・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・は、作者が客観的情勢の否定的暗さとともに自身の暗さを摘出しようと試みた点で、ある評価をうけた。それゆえ、「再出発」についての文章の中でも、村山は知ってか知らずか、特に自身の曝露ということを強く云っているらしく思われるけれども、個人的な性格解・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
出典:青空文庫