・・・汽車や、線路は、鉄で造られてはいますが、その月日のたつうちにはいつかはしらず、磨滅してしまうのです。みんな、あなたに征服されます。あなたをおそれないものはおそらく、この宇宙に、ただの一つもありますまい。」 これを聞くと、運命の星は、快げ・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・この磨滅下駄を持って、そこの水道で洗って来な、」と弁公景気よく言って、土間を探り、下駄を拾って渡した。 そこで文公はやっと宿を得て、二人の足のすそに丸くなった。親父も弁公も昼間の激しい労働で熟睡したが文公は熱と咳とで終夜苦しめられ、明け・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・深さ一メートルの四角なコンクリートの柱の頂上のまん中に径一寸ぐらいの金属の鋲を埋め込んで、そのだいじな頭が摩滅したりつぶれたりしないように保護するために金属の円筒でその周囲を囲んである。その中に雨水がたまっていた。自分はその水中に右の人差し・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・浜の真砂が磨滅して泥になり、野の雑草の種族が絶えるまでは、災難の種も尽きないというのが自然界人間界の事実であるらしい。 雑草といえば、野山に自生する草で何かの薬にならぬものはまれである。いつか朝日グラフにいろいろな草の写真とその草の薬効・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ だれが考えたものか知らないが、この鉄片はとにかく靴のかかとの磨滅を防ぐために取り付けたものには相違ない。しかし元来靴というものは、「靴自身のかかとのすり減らないためにはくもの」ではなくて、生身の足を保護するためにはくものである。もし足・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・それから又突抜けて出る新鮮な力は、このゴミっぽい過程の間で磨滅しないでしょうか。私は磨滅させたくないと思います。 本が出てそれをまず友達に送りたいと思うような、そういう本の出方はこの頃誰のところにもないらしい様子です。本屋の店頭には、割・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・愛のこころはこのように小粒な、しかも歳月によって磨滅することのない表現のうちにこめられているのである。涙は眼に溢れるけれども、頭は昂然と歴史の前途に向ってもたげ、愛と勇気と堅忍とをもって民主の日本を生きようとするすべての精神にとって、この一・・・ 宮本百合子 「人民のために捧げられた生涯」
・・・ バクー名所の一つである九世紀頃のアラビア人の防壁を見物して、磨滅した荒い石段々を弾む足どりでイラ草の茎を片手にもって降りて来たら、わきの共同便所の前から十一二歳の少年の一団がやって来る。見ると真中の一人が、便所へおとしたその糞だらけの・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
出典:青空文庫