・・・ 社の格子が颯と開くと、白兎が一羽、太鼓を、抱くようにして、腹をゆすって笑いながら、撥音を低く、かすめて打った。 河童の片手が、ひょいと上って、また、ひょいと上って、ひょこひょこと足で拍子を取る。 見返りたまい、「三人を堪忍・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・という三味線の撥音と下手な嗚咽の歌が聞こえて来る。 その次は「角屋」の婆さんと言われている年寄っただるま茶屋の女が、古くからいたその「角屋」からとび出して一人で汁粉屋をはじめている家である。客の来ているのは見たことがない。婆さんはいつで・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・炎天の明い寂寞の中に二挺の三味線は実によくその撥音を響かした。 自分は「長唄」という三味線の心持をばこの瞬間ほどよく味い得た事はないような気がした。長唄の趣味は一中清元などに含まれていない江戸気質の他の一面を現したものであろう。拍子はい・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫