・・・何さま、悪く放免の手にでもかかろうものなら、どんな目に遭うかも知れませぬ。「そこで、逃げ場をさがす気で、急いで戸口の方へ引返そうと致しますと、誰だか、皮匣の後から、しわがれた声で呼びとめました。何しろ、人はいないとばかり思っていた所でご・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・検非違使に問われたる放免の物語 わたしが搦め取った男でございますか? これは確かに多襄丸と云う、名高い盗人でございます。もっともわたしが搦め取った時には、馬から落ちたのでございましょう、粟田口の石橋の上に、うんうん呻って居り・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・いかんとなれば背後はすでにいったんわが眼に検察して、異状なしと認めてこれを放免したるものなればなり。 兇徒あり、白刃を揮いて背後より渠を刺さんか、巡査はその呼吸の根の留まらんまでは、背後に人あるということに、思いいたることはなかるべし。・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・さっそく妙な男は、盗賊とまちがえられて警察へ連れられていきましたが、まったくの盗賊でないことがわかって、放免されました。それからというものは、妙な男は夜も外へ出なくなって、昼も夜もへやに閉じこもっていました。そして、その電信柱も、いろいろ世・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・言うまでもなく非常に止められたが遂には、この場合無理もない、強て止めるのは却って気の毒と、三百円の慰労金で放免してくれた。 実際自分は放免してくれると否とに関らず、自分には最早何を為る力も無くなって了ったのである。人々は死だ妻よりも生き・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・という一言を信じて、検事は、この男を無罪放免という事にした様子でありますが、私たちの心の中に住んでいる小さい検事は、なかなか疑い深くて、とてもこの男を易々と放免することが出来ないのであります。この男は、予審の検事を、だましたのではないでしょ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・たとえば極貧を現わすために水道の止まった流しに猫の眠っている画面を出すとか、放免された囚人の歓喜を現わすのに春の雪解けの川面を出すとか、よしやそれほどの技巧は用いないまでも、とにかく文学的の言葉をいわゆるフォトジェニックなフィルミッシな表現・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかし利平は黙って答えないが、いうまでもなく、それは今朝、留置場から放免されて帰って来た争議団員たちを、他の者たちが歓迎しているのだ 利平は驚いた。暗い処に数十日をぶち込まれた筈の彼等の、顔色の何処にそんな憂色があるか! 欣然と、恰も、・・・ 徳永直 「眼」
・・・ 彼は監獄から出たての放免囚見たいに、青くなって云った。「何だって! 死んだ? どいつが死んだ?」「冗談じゃないぜ。ボースン。安田が死んでるんだぜ」「死んだ程、俺も酔っ払って見てえや、放っとけ! それとも心配なら、頭から水で・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
出典:青空文庫