・・・当時僕等のクラスには、久米正雄の如き或は菊池寛の如き、天縦の材少なからず、是等の豪傑は恒藤と違い、酒を飲んだりストオムをやったり、天馬の空を行くが如き、或は乗合自動車の町を走るが如き、放縦なる生活を喜びしものなり。故に恒藤の生活は是等の豪傑・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・ 尤もその頃は武家ですらが蓄妾を許され、町家はなお更家庭の道徳が弛廃していたから、さらぬだに放縦な椿岳は小林城三と名乗って別に一戸を構えると小林家にもまた妻らしい女を迎えた。今なら重婚であるが、その頃は門並が殆んど一夫多妻で、妻妾一つ家・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、官僚はイツでも保守的であって、放縦危激な民論を控制し調節するが常である。官僚が先へ立って突飛な急進の空気を醸成して民間から反対されたというは滅多に聞かない話であって、伊井公侯の欧化政策は平和的ボリシェウィズムであった。それから比べると今・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・しかし、母親が放縦であり、無自覚である家の子供は、叱っても恐れというものを感じない。そして悪いという事に就いて根本的に無自覚である。唯世の中は胡魔化して行けば可いというような事しか考えていない。この一事を見ても、子供心に信仰を有たしめるもの・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・「禍害なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは酒杯と皿との外を潔くす、然れども内は貪慾と放縦とにて満つるなり。禍害なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、内は死人の骨とさまざまの穢とに満・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・勝治は、酒、煙草は勿論の事、すでに童貞をさえ失っていた。放縦な生活をしている者は、かならずストイックな生活にあこがれている。そうして、ストイックな生活をしている人を、けむったく思いながらも、拒否できず、おっかなびっくり、やたらに自分を卑下し・・・ 太宰治 「花火」
・・・これらの映画を見ることはすなわち観客みずから踊り歌い、放縦な高速度恋愛をし、やたらにピストルをぶっ放すことなのである。酒の自由に飲めない彼らは、かかる映画の上に自分を投射して、そこに酌みかわされる美禄に酔うのである。これらの点でこれらの映画・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・その時分私は放縦な浪費ずきなやくざもののように、義姉に思われていた。 私はどこへ行っても寂しかった。そして病後の体を抱いて、この辺をむだに放浪していた、そのころの痩せこけた寂しい姿が痛ましく目に浮かんできた。今の桂三郎のような温良な気分・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・或ハ淫肆放縦ニシテ獲ル所ノモノハ直ニ濫費シテ惜シマザルモノアリ。各其ノ為人ニ従ツテ為ス所ヲ異ニス。婢ノ楼ニ在ツテ客ヲ邀フルヤ各十人ヲ以テ一隊ヲ作リ、一客来レバ隊中当番ノ一婢出デヽ之ニ接ス。女隊ニ三アリ。一ヲ紅隊ト云ヒ、二ヲ緑隊、三ヲ紫隊ト云・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・猛烈なものでも、沈静なものでも、形式の整ったものでも、放縦にしてまとまらぬうちに面白味のあるものでも、精緻を極めたものでも、一気に呵成したものでも、神秘的なものでも、写実的なものでも、朧のなかに影を認めるような糢糊たるものでも、青天白日の下・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫