・・・夢幻的な間に合わせの仮象を放逐して永遠な実在の中核を把握したと思われる事でなければならない。複雑な因果の網目を枠に張って掌上に指摘しうるものとした事でなければならない。 この新しい理論を完全に理解する事はそう容易な事ではないだろう。アイ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ただ現在では彼らの耳目の及ぶ範囲のそとに連句が放逐されているために、彼らはこの者の存在を全く忘れてしまっているのである。神田を歩いてあの数多い書店の棚から棚とあさって歩いて見ても、連句に関する書籍の数は全体の何万分の一にも足りない少数である・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・記者は前節婦人七去の条に、婬乱なれば去ると記し、婦人が不品行を犯せば其罪直に放逐と宣告しながら、今こゝには打て替り、男子が同一様の罪を犯すときは、婦人は之を怒りもせず怨みもせず、気色言葉を雅にして、却て其犯罪者に見限られぬように注意せよと言・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この一条については下士の議論沸騰したれども、その首魁たる者二、三名の家禄を没入し、これを藩地外に放逐して鎮静を致したり。 これ等の事情を以て、下士の輩は満腹、常に不平なれども、かつてこの不平を洩すべき機会を得ず。その仲間の中にも往々才力・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ただに兄のみならず、前年の養子が朝野に立身して、花柳の美なる者を得れば、たちまち養家糟糠の細君を厭い、養父母に談じて自身を離縁せよ放逐せよと請求するは、その名は養家より放逐せられたるも、実は養子にして養父母を放逐したるものというべし。「父子・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ 講和と云う様な我々人民の運命を決定する重大な場合、私達はまさかと云う言葉を放逐しなければいけません。 世界の民主的な勢力が、私達日本の健気に働く女性の一人一人を支援している力を確信してアジアの幸福と日本の幸福が一つものとして解決さ・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・そして、安次を最も残忍な方法で放逐して了ったならば、彼は秋三の嘲笑を一瞬にして見返すことが出来るように思われた。七 安次は股引の紐を結びながら裏口へ出て来ると、水溜の傍の台石に腰を下ろした。彼は遠い物音を聞くように少し首を延・・・ 横光利一 「南北」
・・・「不徳の人間を社会より放逐せよ」と言うと僭越だとてお目玉を頂戴する。「すべての不正を打破して社会を原始の純粋に返せ」と叫ぶ者は狂人をもって目せらる。姑息なる思想! 安逸に耽る教育者! 見よ汝が造れる人の世は執着を虚栄の皮に包んだる偽善の塊に・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫