・・・お雪さんが、抱いたり、擦ったり、半狂乱でいる処へ、右の、ばらりざんと敗北した落武者が這込んで来た始末で……その悲惨さといったらありません。 食あたりだ。医師のお父さんが、診察をしたばかりで、薮だからどうにも出来ない。あくる朝なくなりまし・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・千七百八十九年の抑々の初めから革命終って拿破烈翁に統一せられた果が、竟にウワータールーの敗北に到るまでを数えても二十六年である。米国の独立戦争もレキシントンから巴黎条約までが七年間である。如何なる時代の歴史の頁を繙いて見ても二十五年間には非・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・デンマークは和を乞いました、しかして敗北の賠償としてドイツ、オーストリアの二国に南部最良の二州シュレスウィヒとホルスタインを割譲しました。戦争はここに終りを告げました。しかしデンマークはこれがために窮困の極に達しました。もとより多くもない領・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・を日頃もっていた神田八段であったが、こんどの名人位挑戦試合では、折柄大患後の衰弱はげしく、紙のように蒼白な顔色で、薬瓶を携えて盤にのぞむといった状態では、すでに勝負も決したといってもよく、果して無惨な敗北を喫した。試合中、盤の上で薄弱な咳を・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ 豈然とは思うが、もしヒョッと味方敗北というのではあるまいか? と、まず、遡って当時の事を憶出してみれば、初め朧のが末明亮となって、いや如何しても敗北でないと収まる。何故と云えば、俺は、ソレ倒れたのだ。尤もこれは瞭とせぬ。何でも皆が駈出すの・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・攻勢の華やかな時代にプロレタリア文学があって、敗北の闇黒時代に、それぞれちゃんと生きている労働者の生活を書かないのは、おかしな話だ。むしろ、こういう苦難の時代の労働者や農民の生活をかくことにこそ意義があるのではないか。 これも、しかし東・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・あとは、敗北の奴隷か、死滅か、どちらかである。 言い落した。これは、観念である。心構えである。日常坐臥は十分、聡明に用心深く為すべきである。 君の聞き上手に乗せられて、うっかり大事をもらしてしまった。これは、いけない。多少、不愉快で・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・病弱を美しいと思い描いたことがなかったか。敗北に享楽したことがなかったか。不遇を尊敬したことがなかったか。愚かさを愛したことがなかったか。 全部、作家は、不幸である。誰もかれも、苦しみ苦しみ生きている。緒方氏を不幸にしたものは、緒方氏の・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・底知れぬほどの敗北感が、このようなほのかな愛のよろこびに於いてさえ、この男を悲惨な不能者にさせていた。ラヴ・インポテンス。飼い馴らされた卑屈。まるで、白痴にちかかった。二十世紀のお化け。鬚の剃り跡の青い、奇怪の嬰児であった。 とみにとん・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 信じる能力の無い国民は、敗北すると思う。だまって信じて、だまって生活をすすめて行くのが一等正しい。人の事をとやかく言うよりは、自分のていたらくに就いて考えてみるがよい。私は、この機会に、なお深く自分を調べてみたいと思っている。絶好・・・ 太宰治 「かすかな声」
出典:青空文庫