・・・絶対に教わることを嫌悪するものである。保吉はそう信じていたから、この場合も退屈し切ったまま、訳読を進めるより仕かたなかった。 しかし生徒の訳読に一応耳を傾けた上、綿密に誤を直したりするのは退屈しない時でさえ、かなり保吉には面倒だった。彼・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ 松蔵は、おじいさんから、バイオリンを教わることをどんなにうれしく思ったでしょう。そして、毎日、日暮れ方になると、城跡にいって、いつもおじいさんの腰かける石のそばに立って、おじいさんのくるのを待っていました。「なかなかよく弾けるよう・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・西瓜の切り方など要領を柳吉は知らないから、経験のある種吉に教わる必要に迫られて、こんどは柳吉の口から「一つお父つぁんに頼もうやないか」と言い出していた。種吉は若い頃お辰の国元の大和から車一台分の西瓜を買って、上塩町の夜店で切売りしたことがあ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 何処で教わるともなく、鞠子はこんなことを覚えて来て、眠る前に家中踊って歩いた。 五月の町裏らしい夜は次第に更けて行った。お島の許へ手習に通って来る近所の娘達も、提灯をつけて帰って行った。四辺には早く戸を閉めて寝る家も多い。沈まり返・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・男は少女にあくがれるのが病であるほどであるから、むろん、このくらいの秘訣は人に教わるまでもなく、自然にその呼吸を自覚していて、いつでもその便利な機会を攫むことを過らない。 年上の方の娘の眼の表情がいかにも美しい。星――天上の星もこれに比・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・吾人が学校で学問を教わるのは丁度このようなものである。これはつまり大勢の人間に同時に大体を見せるためには最も適当で有効な方法には相違ない。しかしこの案内人の流儀をあまり徹底させては、本当に科学を学修しようというもののためには非常な迷惑である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・普通教育にも理科の課程がかなり豊富にあるようであるから、それがよく呑み込めていれば、それだけでも一通りはかなり役に立つべきはずであるが、実際それがそうでないのは、教える方と教わる方と両方に罪があるであろう。教程や教授法にも改良の余地が沢山に・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・その時にはわれわれはもう少し謙遜な心持ちで自然と人間を熟視し、そうして本気でまじめに落ち着いて自然と人間から物を教わる気になるであろう。そうなれば現在のいろいろなイズムの名によって呼ばれる盲目なるファナチシズムのあらしは収まってほんとうに科・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・その時には吾々はもう少し謙遜な心持で自然と人間を熟視し、そうして本気で真面目に落着いて自然と人間から物を教わる気になるであろう。そうなれば現在の色々なイズムの名によって呼ばれる盲目なるファナチシズムの嵐は収まって本当に科学的なユートピアの真・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 机や椅子の足は何も四本でなくても三本でちゃんと役に立つ、のみならず四本にするとどれか一本は遊んでいて安定位置が不確定になる恐れがあるというのは物理学初歩で教わることである。しかしその合理的な三本足よりも不合理な四本足が最も普通に行なわ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫