・・・回数を積むにつれて私は会場にも、周囲の聴衆の頭や横顔の恰好にも慣れて、教室へ出るような親しさを感じた。そしてそのような制度の音楽会を好もしく思った。 その終わりに近いあるアーベントのことだった。その日私はいつもにない落ちつきと頭の澄明を・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・樹木の間から白壁だの教室の窓などが見えるところだ。高瀬は谷を廻って、いくらか勾配のある耕地のところで先生と一緒に成った。「ここへは燕麦を作って見ました。私共の畠は学校の小使が作ってます」 先生はその石の多い耕地を指して見せた。 ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・プロフェッサアという小説は、さる田舎の女学校の出来事を叙したものであって、放課後、余人ひとりいないガランとした校舎、たそがれ、薄暗い音楽教室で、男の教師と、それから主人公のかなしく美しい女のひとと、ふたりきりひそひそ世の中の話を語っているの・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・二十九番教室の地下に、大食堂がある。われは、そこへと歩をすすめた。 空腹の大学生たちは、地下室の大食堂からあふれ、入口よりして長蛇の如き列をつくり、地上にはみ出て、列の尾の部分は、銀杏の並木のあたりにまで達していた。ここでは、十五銭でか・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ストライキになりかけたとき、その教師が、私たちの教室にこっそりやって来て、どもりながら陳謝した。ストライキは、とりやめとなった。A君とは、そんな共通の、なつかしい思い出がある。 Y君に、A君と、二人そろって私の家に遊びに来てくれることだ・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・あの池から、一つの狭い谷が北のほうへ延びて、今の動物地質教室の下から弥生町の門のほうへ続いていた事が、土工の際に明らかになったそうである。この池の地学的の意味についても、構内のボーリングの結果などを総合して考えてみたら、あるいは何事かわかり・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・それで、これは夏目先生に関する一つの資料として保存しておけば他日きっと役に立つ機会があるであろうと思ったので、当時の大学理学部物理教室の自室の書卓の抽斗しの中に他の大事な手紙と一緒に仕舞い込んでおいた。 ところが、その後間もなく自分は胃・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
十日 動物教室の窓の下を通ると今洗ったらしい色々の骸骨がばらばらに笊へ入れて干してある。秋の蠅が二、三羽止ってやや寒そうに羽根を動かしている。 十一日 垣にぶら下がっていた南瓜がいつの間にか垂れ落ちて水引の花へ尻をすえ・・・ 寺田寅彦 「窮理日記」
・・・力の強い子で、朝、教室の前で同級生たちを整列させているとき、級長の号令をきかないで乱暴する子があると、黙って首ッ玉と腕をつかんでひっぱってくる。そんなときもやはりわらっていた。 林が私のために、邸の奥さんに詫びてくれてから、私は林が好き・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・われわれの教室は本館の一番北の外れの、今食堂になっている、あそこにありました。文科の教室で。それが明治二十二年位でした。その時分の事を今の貴方がたに比べると、われわれ時代の書生というものは乱暴で、よほど不良少年という傾き――人によるとむしろ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
出典:青空文庫