・・・粗笨漢だとすれば、余りに教養のある粗笨漢だ。僕は「新潮」の「人の印象」をこんなに長く書いた事はない。それが書く気になったのは、江口や江口の作品が僕等の仲間に比べると、一番歪んで見られているような気がしたからだ。こんな慌しい書き方をした文章で・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・且また私の知っている限り、所謂超自然的現象には寸毫の信用も置いていない、教養に富んだ新思想家である、その田代君がこんな事を云い出す以上、まさかその妙な伝説と云うのも、荒唐無稽な怪談ではあるまい。――「ほんとうですか。」 私が再こう念・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・現に精神的教養を受けない京阪辺の紳士諸君はすっぽんの汁を啜った後、鰻を菜に飯を食うさえ、無上の快に数えているではないか? 且又水や寒気などにも肉体的享楽の存することは寒中水泳の示すところである。なおこの間の消息を疑うものはマソヒズムの場合を・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・知識階級の人が長く養われたブルジョア文化教養をもって、その境界に到達することができるであろうか。これを私は深く疑問とするのである。単なる理知の問題として考えずに、感情にまで潜り入って、従来の文化的教養を受け、とにもかくにもそれを受けるだけの・・・ 有島武郎 「想片」
・・・これじつに今日比較的教養あるほとんどすべての青年が国家と他人たる境遇においてもちうる愛国心の全体ではないか。そうしてこの結論は、特に実業界などに志す一部の青年の間には、さらにいっそう明晰になっている。曰く、「国家は帝国主義でもって日に増し強・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・たとえば、お母さんに頼んだことを、きちんとしてもらいたいとか、また、他の教養あるお母さんのように、話が分ってほしいとか、もっと様子を綺麗にしてもらいたいとか、言葉使いなど上品にしてもらいたいとか、恐らく、この種のものでしたら、多々あることで・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・そして、それは、また音楽について、教養あるがために、自然の声から、神秘を聞き取るという訳ではないのだ。 たゞ、どこにでもあるであろう、いゝ音色は、同じく、無条件に、人間の魂を捕えずに置かないというにしか過ぎない。 野蛮人は、殊に、音・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・「……教養なんか、ちょっともあれしませんの。これが私の夫ですというて、ひとに紹介も出来しませんわ。字ひとつ書かしても、そらもう情けないくらいですわ。ちょっとも知性が感じられしませんの。ほんまに、男の方て、筆蹟をみたらいっぺんにその人がわ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・われわれが過去の日本の文学から受けた教養は、過不足なき描写とは小林秀雄のいわゆる「見ようとしないで見ている眼」の秩序であると、われわれに教える。「見ようとしないで見ている眼」が「即かず離れず」の手で書いたものが、過不足なき描写だと、教える。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・おれがいやかと訊くと、教養のない男はいやだと言って触れさせない。それでも三年後には娘が生れたのだから、全然そんなことはなかったわけではないが、そんな時細君の体は石のように固く、氷のように冷たく、ああ浅ましい、なぜ女はこんな辛抱をしなければな・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫