・・・ 火の粉かと見ると、こはいかに、大粒な雨が、一粒ずつ、粗く、疎に、巨石の面にかかって、ぱッと鼓草の花の散るように濡れたと思うと、松の梢を虚空から、ひらひらと降って、胸を掠めて、ひらりと金色に飜って落ちたのは鮒である。「火事じゃあねえ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ そこらの草は、みじかかったのですが粗くて剛くて度々足を切りそうでしたので、私たちは河原に下りて石をわたって行きました。 それから川がまがっているので水に入りました。空が曇っていましたので水は灰いろに見えそれに大へんつめたかったので・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・ところが感官が荒さんで来るとどこ迄でも限りなく粗く悪くなって行きます。まあ大抵パンの本当の味などはわからなくなって非常に多くの調味料を用いたりします。則ち享楽は必らず肉食にばかりあるのではない。寧ろ清らかな透明な限りのない愉快と安静とが菜食・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・何か、自分が粗くなって行くような、湿いを失って行くような、そう云う怖さを自分で感じるでしょう。その自覚がまた逆に女の人に作用して生活に自信を失わせ、自信を失ったことから、貧弱になり乾いて来るような、そう云う関係ではないでしょうか。 そし・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・それでどの家も細かく葺いた木端屋根なのが、粗く而も優しい新緑の下で却って似合うのだ。裏通りなど歩くと、その木端屋根の上に、大きなごろた石を載せた家々もある。木曾を汽車で通ると、木曾川の岸に低く侘しく住む人間の家々の屋根が、やっぱりこんな風だ・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・彼女の筆致はまだ粗く、人間像の内面へまで深く迫った形象化に不足する場合もある。しかし現実生活に根をおろして、階級的作家としての成長がつづけられるならば、この作家の力量はやがて少くない成果をもたらすであろう。 一九三九年ごろの軍需インフレ・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
出典:青空文庫