・・・自分はこの流れの両側に散点する農家の者を幸福の人々と思った。むろん、この堤の上を麦藁帽子とステッキ一本で散歩する自分たちをも。 七 自分といっしょに小金井の堤を散歩した朋友は、今は判官になって地方に行っているが、自分・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 自動車は、やはり、湖の岸をするする走って、やがて上諏訪のまちの灯が、ぱらぱらと散点して見えて来た。雨も晴れた様子である。 滝の屋は、上諏訪に於いて、最も古く、しかも一ばん上等の宿屋である。自動車から降りて、玄関に立つと、「いらっし・・・ 太宰治 「八十八夜」
ぷつッと、ひとつ小豆粒に似た吹出物が、左の乳房の下に見つかり、よく見ると、その吹出物のまわりにも、ぱらぱら小さい赤い吹出物が霧を噴きかけられたように一面に散点していて、けれども、そのときは、痒くもなんともありませんでした。・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ こういうものの並んでいる間に散点してまた実に昔のままの日本を代表する塩煎餅屋や袋物屋や芸者屋の立派に生存しているのもやはり印画記録の価値が充分にある。 六国史などを読んで、奈良朝の昔にシナ文化の洪水が当時の都人士の生活を浸したころ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・その岩塊の頭を包むヴェールのように灰砂の斜面がなめらかにすそを引いてその上に細かく刺繍をおいたように、オンタデや虎杖やみね柳やいろいろの矮草が散点している。 一合目の鳥居の近くに一等水準点がある。深さ一メートルの四角なコンクリートの柱の・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・末近く、紫木蓮の花弁の居住いが何となくだらしがなくなると同時にはじめ目立たなかった青葉の方が次第に威勢がよくなって来るとその隣の赤椿の朝々の落花の数が多くなり、蘇枋の花房の枝の先に若葉がちょぼちょぼと散点して見え出す。すると霧島つつじが二、・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・ 二 とんぼ 八月初旬のある日の夕方信州星野温泉のうしろの丘に散点する別荘地を散歩していた。とんぼが一匹飛んで来て自分の帽子の上に止まったのを同伴の子供が注意した。こういう事はこの土地では毎日のように経験することであ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ただ困る事には今の蓄音機に避くべからざる雑音の混入が、あたかも三色版の面にきたないしみの散点したと同様であるようにも思われる。しかし人間の耳には不思議な特長があって、目の場合には望まれない選択作用が行なわれる。すなわち雑多な音の中から自分の・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・そうしてその錯雑した中に七五あるいは五七の胚芽のようなものが至るところに散点していることが認められる。それがいつとはなしに自然淘汰のふるいにでもかけられたかのようにいろいろな異分子が取り除かれて五と七という字数の交互的連続に移って行っている・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・それを便宜のために抽象して離してしまって広い空間を勝手次第に抛り出すと、無辺際のうちにぽつりぽつりと物が散点しているような心持ちになります。もっともこの空間論も大分難物のようで、ニュートンと云う人は空間は客観的に存在していると主張したそうで・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫