・・・自分から見ると、重吉のお静さんに対する敬意は、この過去三か月間において、すでに三円がた欠乏しているといわなければならない。将来の敬意に至ってはむろん疑問である。 夏目漱石 「手紙」
・・・それだから同情もありそれを描いた人に敬意も持ちますけれども、わざわざ金を出して内に買って来て書斎に掛けようと思わない絵ばかりでありました。 こういう風に色々違う絵があるからして、その点から出立して御話をしましょう。――それで文展の画家や・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・天下広し家族多しといえども、一家の夫婦・親子・兄弟姉妹、相互いに親愛恭敬して至情を尽し、陰にも陽にも隠す所なくして互いにその幸福を祈り、無礼の間に敬意を表し、争うが如くにして相譲り、家の貧富に論なく万年の和気悠々として春の如くなるものは、不・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・その物に対して敬意を払ったので。こういう宗教的傾向、哲学的傾向は私には早くからあった。つまり東洋の儒教的感化と、露文学やら西洋哲学やらの感化とが結合って、それに社会主義の影響もあって、ここに私の道徳的の中心観念、即ち俯仰天地に愧じざる「正直・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・私が陳氏に立って敬意を示している間に演壇にはもう次の論士が立っていました。「諸君、しずかにし給え。まだそんなによろこぶには早い。なぜならビジテリアン諸君の主張は比較解剖学の見地からして正に根底から顛覆するからである。見給え諸君の歯は何枚・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ そして、私たちの考える能力をこれまでのかたくるしい修養修養という型からの〔数字分破損〕自発的な一日の計画に敬意をはらって日本のラジオも、民衆のエイチに信頼し立派な音楽でも送ってゆくようになりたいものだと思います。〔一九四六年九月〕・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・よくカメラとか音楽とか、いわゆる趣味を通じて異性の間が結ばれるけれども、社交性とは違う友情という点からいえば、同じカメラに対するにしても、それに対する一定の態度において、互の評価なり敬意なりが可能であるということが求められるのであると思う。・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・そして別当の手腕に対して、少からぬ敬意を表せざることを得なかった。 石田は鶏の事と卵の事とを知っていた。知って黙許していた。然るに鶏と卵とばかりではない。別当には systmatiquement に発展させた、一種の面白い経理法があって・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・しかし先輩に対する敬意を忘れてはならぬと思うので、私は死を決して堅坐していた。今でも私はその時の殊勝な態度を顧みて、満足に思っている。 義士等が吉良の首を取るまでには、長い長い時間が掛かった。この時間は私がまだ大学にいた時最も恐怖すべき・・・ 森鴎外 「余興」
・・・に義の人ができる。しかしながら因襲的道徳に鋳られし者が習慣性によって壕の埋め草となり蹄の塵となるのは豕が丸焼きにされて食卓に上るのと択ぶところがない。吾人はこの意味なき「忠君」に敬意を表したくない。同じく人としてこの世に実在するならば吾人の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫