・・・宗教と宗教――数え立つれば際限がない。部分は部分において一になり、全体は全体において一とならんとする大渦小渦鳴戸のそれも啻ならぬ波瀾の最中に我らは立っているのである。この大回転大軋轢は無際限であろうか。あたかも明治の初年日本の人々が皆感激の・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・と数えたのであった。 長屋は追々まばらになって、道もややひろく、その両側を流れる溝の水に石橋をわたし、生茂る竹むらをそのままの垣にした閑雅な門構の家がつづき出す。わたくしはかつてそれらの中の一構が、有名な料理屋田川屋の跡だとかいうはなし・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・雁の数は七十三羽、蘆は固より数えがたい。籠ランプの灯を浅く受けて、深さ三尺の床なれば、古き画のそれと見分けのつかぬところに、あからさまならぬ趣がある。「ここにも画が出来る」と柱に靠れる人が振り向きながら眺める。 女は洗えるままの黒髪を肩・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ 安岡は自分の頭が変になっていることを感じて、眼をつむって、息を大きくして、頭の中で数を数え始めた。 一、二、三、四、 五十一、五十二、 四百、四百一、四百二、 千二百十、千二百十一、千二百十二、 彼のやや沈静した頭・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・む門前の老婆子薪貪る野分かな栗そなふ恵心の作の弥陀仏書記典主故園に遊ぶ冬至かな沙弥律師ころり/\と衾かなさゝめこと頭巾にかつく羽折かな孝行な子供等に蒲団一つづゝのごとき数え尽さず、これらの什必ずしも力を用いし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・津軽海峡、トラピスト、函館、五稜郭、えぞ富士、白樺、小樽、札幌の大学、麦酒会社、博物館、デンマーク人の農場、苫小牧、白老のアイヌ部落、室蘭、ああ僕は数えただけで胸が踊る。五時間目には菊池先生がうちへ宛てた手紙を渡して、またいろいろ話され・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 五六本ある西洋葵の世話だのコスモスとダーリアの花を数えたりして居る。 早りっ気で思い立つと足元から火の燃えだした様にせかせか仕だす癖が有るので始めの一週間ばかりはもうすっかりそれに気を奪われて居た。 土の少なくなったのに手を泥・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・しかし亡父弥一右衛門はとにかく殉死者のうちに数えられている。その相続人たる権兵衛でみれば、死を賜うことは是非がない。武士らしく切腹仰せつけられれば異存はない。それに何事ぞ、奸盗かなんぞのように、白昼に縛首にせられた。この様子で推すれば、一族・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ この間、彼のこの異常な果断のために戦死したフランスの壮丁は、百七十万人を数えられた。国内には廃兵が充満した。祷りの声が各戸の入口から聞えて来た。行人の喪章は到る処に見受けられた。しかし、ナポレオンは、まだ密かにロシアを遠征する機会を狙・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・この種類の刺激はとても数えきれないのです。ことに餓えたるものにとっては、些細な見聞も実に鋭敏な暗示として働きます。しかも恋愛や性慾が人間の性質の内で特にこのように刺激されなければならないわけはないのです。それは刺激されなくとも必要なだけには・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫