・・・やどかりはうようよ数珠形に、其処ら暗い処に蠢いたが、声のありそうなものは形もなかった。 手を払って、「ははあ、岡沙魚が鳴くんだ」 と独りで笑った。 中 虎沙魚、衣沙魚、ダボ沙魚も名にあるが、岡沙魚と言・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ これが親仁は念仏爺で、網の破れを繕ううちも、数珠を放さず手にかけながら、葎の中の小窓の穴から、隣の柿の木、裏の屋根、烏をじろりと横目に覗くと、いつも前はだけの胡坐の膝へ、台尻重く引つけ置く、三代相伝の火縄銃、のッそりと取上げて、フッと・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・故郷も家も、くるくると玉に廻って、生命の数珠が切れそうだった。が、三十分ばかり、静としていて辛うじて起った。――もっともその折は同伴があって、力をつけ、介抱した。手を取って助けるのに、縋って這うばかりにして、辛うじて頂上へ辿ることが出来た。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 質の出入れ――この質では、ご新姐の蹴出し……縮緬のなぞはもう疾くにない、青地のめりんす、と短刀一口。数珠一聯。千葉を遁げる時からたしなんだ、いざという時の二品を添えて、何ですか、三題話のようですが、凄いでしょう。……事実なんです。貞操・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・の母親で、年紀の相違が五十の上、余り間があり過ぎるようだけれども、これは女房が大勢の娘の中に一番末子である所為で、それ、黒のけんちゅうの羽織を着て、小さな髷に鼈甲の耳こじりをちょこんと極めて、手首に輪数珠を掛けた五十格好の婆が背後向に坐った・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・……媼の形相は、絵に描いた安達ヶ原と思うのに、頸には、狼の牙やら、狐の目やら、鼬の足やら、つなぎ合せた長数珠に三重に捲きながらの指図でござった。 ……不思議というは、青い腰も血の胸も、死骸はすっくり俎の上へ納って、首だけが土間へがっくり・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・耳にかけた輪数珠を外すと、木綿小紋のちゃんちゃん子、経肩衣とかいって、紋の着いた袖なしを――外は暑いがもう秋だ――もっくりと着込んで、裏納戸の濡縁に胡坐かいて、横背戸に倒れたまま真紅の花の小さくなった、鳳仙花の叢を視めながら、煙管を横銜えに・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・昨夜、この露路に入った時は、紫の輪袈裟を雲のごとく尊く絡って、水晶の数珠を提げたのに。―― と、うしろから、拳固で、前の円い頭をコツンと敲く真似して、宗吉を流眄で、ニヤリとして続いたのは、頭毛の真中に皿に似た禿のある、色の黒い、目の窪ん・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ と、おかしげな気合を掛けたり、しまいには数珠を揉んで、「――南無妙法蓮華経!」 と、唱えて見たり、必要以上にきりきり舞いをしていたが、ふと見ると、お前は鉢巻をしていた。おれはぷっと噴きだし、折角こっちが勿体ぶっているのに、鉢巻・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ という父の声が来た。 寿子は眠い眼をこすりながら、弾き出した。庄之助は蚊帳の中で聴いていた。「もう一度。出来たというまで弾け」 数珠の玉をたぐり寄せるようなバッハのフーガ。それを、寿子はそれこそ数珠の玉をたぐるように、何度・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫