・・・けいれんを妾にしたと云っても、帝国軍人の片破れたるものが、戦争後すぐに敵国人を内地へつれこもうと云うんだから、人知れない苦労が多かったろう。――え、金はどうした? そんな事は尋くだけ野暮だよ。僕は犬が死んだのさえ、病気かどうかと疑っているん・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖の主義をもって、その科学的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・今や敵国に対して復讐戦を計画するにあらず、鋤と鍬とをもって残る領土の曠漠と闘い、これを田園と化して敵に奪われしものを補わんとしました。まことにクリスチャンらしき計画ではありませんか。真正の平和主義者はかかる計画に出でなければなりません。・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・労働者農民及び多くの、所謂敵国に向って銃剣を取っていた××を××し、その銃剣のきっさきを、×××、××××××に向けさせる――そういうことを文学の持つありったけの宣伝、××をつくしてその影響を確保拡大することが必要である。 ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・すべて、いまは不吉な敵国の言葉になったが、パラダイス・ロストをもじって、まあ「人間失格」とでもいうような気持でそんな題をつけたのであって、その日記形式の小説の十一月一日のところに左のような文章がある。実朝をわすれず。伊豆・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・それが云わば敵国の英国の学者の日蝕観測の結果からある程度まで確かめられたので、事柄は世人の眼に一種のロマンチックな色彩を帯びるようになって来た。そして人々はあたかも急に天から異人が降って来たかのように驚異の眼を彼の身辺に集注した。 彼の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 何か月か何年か、ないしは何十年の後に、一度は敵国の飛行機が夏の夕暮れにからすうりの花に集まる蛾のように一時に飛んで来る日があるかもしれない。しかしこの大きな蛾をはたき落とすにはうちの猫では間に合わない。高射砲など常識で考えても到底頼み・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 何箇月か何年か、ないしは何十年の後に、一度は敵国の飛行機が夏の夕暮れに烏瓜の花に集まる蛾のように一時に飛んで来る日があるかもしれない。しかしこの大きな蛾をはたき落すにはうちの猫では間に合わない。高射砲など常識で考えても到底頼みになりそ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・陸海軍当局者が仮想敵国の襲来を予想して憂慮するのももっともな事である。これと同じように平生地震というものの災害を調べているものの目から見ると、この恐るべき強敵に対する国防のあまりに手薄すぎるのが心配にならないわけには行かない。戦争のほうは会・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・必ずこの方面にもぬかりなくやっているに相違ない、敵国側の観測材料を得る事にも苦心しているかと想像される。ことにツェッペリンの襲英などに際しては気象状態に最も慎重な注意を払うは勿論であろう。それには英国側の観測が重要であるから、在英独探中には・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
出典:青空文庫