・・・が、文芸や社会科学のことはほとんど一言も話さなかった。「僕はあの棕櫚の木を見る度に妙に同情したくなるんだがね。そら、あの上の葉っぱが動いているだろう。――」 棕櫚の木はつい硝子窓の外に木末の葉を吹かせていた。その葉はまた全体も揺らぎ・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・小説家 「文芸に及ぼすジャアナリズムの害毒」と云うのです。編輯者 そんな論文はいけません。小説家 これはどうですか? まあ、体裁の上では小品ですが、――編輯者 「奇遇」と云う題ですね。どんな事を書いたのですか?小説家 ち・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・世に労働文芸というようなものが主張されている。またそれを弁護し、力説する評論家がある。彼らは第四階級以外の階級者が発明した文字と、構想と、表現法とをもって、漫然と労働者の生活なるものを描く。彼らは第四階級以外の階級者が発明した論理と、思想と・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・これらの階級はブルジョアジー以前に勢力をたくましゅうした過去の所産であって、それが来たるべき生活の上に復帰しようとは、誰しも考えぬところであろう。文芸の上に階級意識がそう顕著に働くものではないという理窟は、概念的には成り立つけれども、実際の・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・B どうだかって、たしかに言ったよ。文芸上の作物は巧いにしろ拙いにしろ、それがそれだけで完了してると云う点に於て、人生の交渉は歴史上の事柄と同じく間接だ、とか何んとか。それはまあどうでも可いが、とにかくおれは今後無責任を君の特権として認・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・少くとも、そういう実際の社会生活上の問題を云々しない事を以て、忠実なる文芸家、溌溂たる近代人の面目であるというように見せている、或いは見ている人はないか。実際上の問題を軽蔑する事を近代の虚無的傾向であるというように速了している人はないか。有・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・まだ文芸倶楽部は出来ない時分で、原稿を持って行って買ってもらおうというに所はなく、新聞は戦争に逐われて文学なぞを載せる余裕はない。いわゆる文壇餓殍ありで、惨憺極る有様であったが、この時に当って春陽堂は鉄道小説、一名探偵小説を出して、一面飢え・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・いやしくも文芸にたずさわる以上、だれでもぜひ一所懸命になってこれに全精神を傾倒せねばだめであるとはいわない。人生上から文芸を軽くみて、心の向きしだいに興を呼んで、一時の娯楽のため、製作をこころみるという、君のようなやり方をあえて非難するまで・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・今まで文芸などに遊んでおった身で、これが果してできるかと自問した。自分の心は無造作にできると明答した。文芸を三、四年間放擲してしまうのは、いささかの狐疑も要せぬ。 肉体を安んじて精神をくるしめるのがよいか。肉体をくるしめて精神を安んずる・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・(この咄については『明星』掲載当時或る知人から誤解であると手柬 若い人たちの中には鴎外が晩年考証に没頭して純文芸に遠ざかったのを惜んで、鴎外を追懐するにつけて再び文芸に帰る期が失われたのを遺憾とするものがあった。 が、私の思うま・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫