・・・あと、ラジオと芝居を約束してるし、封鎖だから書けんと断るのは、いやだ。もっとも、文化文化といったって、作家に煙草も吸わさんような政治は困るね。金融封鎖もいいが、こりゃ一種の文化封鎖だよ。僕んとこはもう新円が十二円しかない」「少しはこれで・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・既に事変下で、新体制運動が行われていたある日の新聞を見ると、政府は国民の頭髪の型を新体制型と称する何種類かの型に限定しようとしているらしく、全国の理髪店はそれらの型に該当しない頭髪の客を断ることを申し合わせたというのである。 私はことの・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ と、ひどく弾んで、承諾してしまったのだから、世話はない。 普通なら、横面のひとつも撲りつけてから、「――お前のような奴の片棒をかつぐのは、もう御免だよ」 と、断るところだ。それを、そんな風にあっさり引き受けてしまったのは、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 赤井がそう断ると、傍で聴いていた白崎はいきなり、「君、やり給え! 第一、僕や君が今日の放送であのトランクの主を見つけて、かけつけて来たように、君の放送を聴いて、どこかにいる君の奥さんやお子さんが、君に会いにかけつけて来るかも知れな・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・もう断るにしては遅すぎる。しかし間に合わない。三時を過ぎた。 編輯者の怒った顔を想像しながら、蒲団のなかにもぐり込んで、眼を閉じた途端、新吉はふと今夜中に書き上げて、大阪の中央郵便局から速達にすれば、間に合うかも知れないと思った。近所の・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・わざと隠語を使って断ると、そうですか、じゃ今度またと出て行った。 ほかの客に当らずに出て行った所を見ると、どうやら私だけが遊びたそうな顔をしていたのかと、苦笑していると、天辰の主人はふと声をひそめて、「今の男は変ったポン引ですよ。自・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その代り俺の方で惣治からの仕送りを断るから、それでお前は別に生計を立てることにしたがいいだろう。とにかくいっしょにいるという考えはよくない」 気のいい老父は、よかれ悪かれ三人の父親である耕吉の、泣いて弁解めいたことを言ってるのに哀れを催・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・もう余程違った頭脳の具合だったから、なるべく人にも会わなかったし、細君も亦客なぞ断るという風であった。二度目に其処へ移ってからは、もう殆んど筆を執るような人ではなかった。巌本君が心配して、押川方義氏を連れて、一度公園の家を訪ねて、宗教事業に・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・何も飲まないのだから、私一人で酔っぱらって居るのも体裁が悪く、頭がぐらぐらして居ながらも、二合飲みほしてすぐに御飯にとりかかり、御飯がすんでほっとする間もなく、佐吉さんが風呂へ行こうと私を誘うのです。断るのも我儘のような気がして、私も、行こ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ひとから招待されても、それを断ることが、できない種属のように思われている。教養人は、スプーンで、林檎を割る。それにはなにも意味がないのだ。比喩でもないのだ。ある武士的な文豪は、台所の庖丁でスパリと林檎を割って、そうして、得意のようである。は・・・ 太宰治 「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」
出典:青空文庫