・・・したがって断片的でなければならぬ。――まとまりがあってはならぬ。(まとまりのある詩すなわち文芸上の哲学は、演繹的には小説となり、帰納的には戯曲となる。詩とそれらとの関係は、日々の帳尻そうして詩人は、けっして牧師が説教の材料を集め、淫売婦があ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・椿岳小伝はまた明治の文化史の最も興味の深い一断片である。 椿岳の名は十年前に日本橋の画博堂で小さな展覧会が開かれるまでは今の新らしい人たちには余り知られていなかった。展覧会が開かれても、案内を受けて参観した人は極めて小部分に・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・よし新聞や何かで断片的には読んでいるとしても、私はやはり初期の作が好きだ。特に短篇に好きなものがある。「文鳥」のようなものが佳いと思う。「猫」、「坊ちやん」、「草枕」、「ロンドン塔」、「カーライル博物館」、こんなものが好きだ。 要するに・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・偶々二三の人が著述に成功して相当の産を作った例外の例があっても、斯ういう文壇の当り屋でも今日の如く零細なる断片的文章を以てパンに換える事は決して出来なかった。 夫故、当時に在っては文人自身も文学を以て生活出来ると思わなかった。文人が公民・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・人生自然の零細な断片的な投影に過ぎないものでも、それはわれ/\の注意力如何によって極めて微妙な思想へまで導いてゆくものである。 読むことから、そして見ることから、われ/\の随時に獲たあるものに対して、統一を与え組織を与えるものは、実に思・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
断片 一 夜になるとその谷間は真黒な闇に呑まれてしまう。闇の底をごうごうと溪が流れている。私の毎夜下りてゆく浴場はその溪ぎわにあった。 浴場は石とセメントで築きあげた、地下牢のような感じの共同湯であった・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・水は清く澄んで、大空を横ぎる白雲の断片を鮮かに映している。水のほとりには枯蘆がすこしばかり生えている。この池のほとりの径をしばらくゆくとまた二つに分かれる。右にゆけば林、左にゆけば坂。君はかならず坂をのぼるだろう。とかく武蔵野を散歩するのは・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・然主義者としての花袋の面目もある訳だが、それだけに、戦場の戦闘開始前に於ける兵士や部隊の動きや、満洲の高粱のある曠野が、空想でない、しっかりした真実味に富んだ線の太い筆で描かれていながら、一つの戦地の断片に終って、全体としての戦争は浮びあが・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・それは十二文豪の一篇として書いたものだが、すっかり書き終らなかったもので、丁度病中に細君が私の処へその原稿を持って来て、これを纏めて呉れないかという話があって、その断片的な草稿を文字の足りない処を書き足して、一冊の本に纏めたという縁故もあり・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・きょうの日まで、私は、その女性について、ほんの断片的にしか語らず私ひとりの胸にひめていた。けれども私の誇るべき一先輩が、早く書かなけれあ、君、子供が雪兎を綿でくるんで机の引き出しにしまって置くようなもので、溶けてしまうじゃないか。あとでひと・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫