・・・ 亜米利加人はそう言いながら、新しい巻煙草へ火をつけました。「占いですか? 占いは当分見ないことにしましたよ」 婆さんは嘲るように、じろりと相手の顔を見ました。「この頃は折角見て上げても、御礼さえ碌にしない人が、多くなって来・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ しからば、来たるべき時代においてプロレタリアの中から新しい文化が勃興するだろうと信じている私は、なぜプロレタリアの芸術家として、プロレタリアに訴えるべき作品を産もうとしないのか。できるならば私はそれがしたい。しかしながら、私の生まれか・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・丁度活人形のように、器械的に動いているのである。新しい、これまで知らなかった苦悩のために、全身が引き裂かれるようである。 どうも何物をか忘れたような心持がする。一番重大な事、一番恐ろしかった事を忘れたのを、思い出さなくてはならないような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・そうしてたった一週間前に買って遣った頭に被る新しい巾を引き裂いた。 それからこの犬は人間というものを信用しなくなって、人が呼んで摩ろうとすると、尾を股の間へ挿んで逃げた。時々はまた怒って人間に飛付いて噛もうとしたが、そんな時は大抵杖で撲・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・A ひと足ひと足新しい眠りに近づいて行く気持はどうだね。ああ眠くなったと思った時、てくてく寝床を探しに出かけるんだ。昨夜は隣の室で女の泣くのを聞きながら眠ったっけが、今夜は何を聞いて眠るんだろうと思いながら行くんだ。初めての宿屋じゃ此方・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・…… 変に物干ばかり新しい、妻恋坂下へ落ちこぼれたのも、洋服の月賦払の滞なぞから引かかりの知己で。――町の、右の、ちゃら金のすすめなり、後見なり、ご新姐の仇な処をおとりにして、碁会所を看板に、骨牌賭博の小宿という、もくろみだったらしいの・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・母の石塔の左側に父の墓はまだ新しい。母の初七日のおり境内へ記念に植えた松の木杉の木が、はや三尺あまりにのびた、父の三年忌には人の丈以上になるのであろう。畑の中に百姓屋めいた萱屋の寺はあわれにさびしい、せめて母の記念の松杉が堂の棟を隠すだけに・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・譬えば移住民が船に乗って故郷の港を出る時、急に他郷がこわくなって、これから知らぬ新しい境へ引き摩られて行くよりは、むしろこの海の沈黙の中へ身を投げようかと思うようなものである。 そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、項を反・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・お母さんは、新しい糸の先を指で細くして針の孔にとおそうとなさいました。けれど、うまいぐあいに、糸は孔にとおらなかったのです。 お母さんは、気をおもみになりました。そして、明るい方を向いて、針の小さな孔をすかすようにして、糸の先をいれよう・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・ 二 永代橋傍の清住町というちょっとした町に、代物の新しいのと上さんの世辞のよいのとで、その界隈に知られた吉新という魚屋がある。元は佃島の者で、ここへ引っ越して来てからまだ二年ばかりにもならぬのであるが、近ごろメッキ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫