・・・先輩、また友達に誘われた新参で。……やっと一昨年の秋頃だから、まだ馴染も重ならないのに、のっけから岡惚れした。「お誓さん。」「誓ちゃん。」「よう、誓の字。」 いや、どうも引手あまたで。大連が一台ずつ、黒塗り真円な大円卓を、ぐ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・差がないらしく、朋輩はその小遣いを後生大事に握って、一六の夜ごとに出る平野町の夜店で、一串二厘のドテ焼という豚のアブラ身の味噌煮きや、一つ五厘の野菜天婦羅を食べたりして、体に油をつけていましたが、私は新参だから夜店へも行かしてもらえず、夜は・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ただただ私は、まだ兄たち二人とのなじみも薄く、こころぼそく、とかく里心を起こしやすくしている新参者の末子がそこに泣いているのを見た。 次郎は妹のほうを鋭く見た。そして言った。「女のくせに、いばっていやがらあ。」 この次郎の怒気を・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 若いおそらく新参らしい店員にある書物があるかと聞くと、ないと答える。見るとちゃんと眼前の棚にその本が収まっている事がある。そういうときにわれわれははなはださびしい気持ちを味わう。商人が自分の商品に興味と熱を失う時代は、やがて官吏が職務・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ 三毛は明らかな驚きと疑いと不安をあらわしてこの新参の仲間を凝視していた。ちび猫は三毛を自分の親とでも思いちがえたものか、なつかしそうにちょこちょこ近寄って行って、小さな片方の前足をあげて三毛にさわろうとする。三毛は毒虫にでもさわられた・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ そこで今云った通り新参の私のあとから、すでに四五人の新進作家が出るくらいだから、そのあとからもまた出て来るに違ない。現に出つつあるんでしょう。また未来に出ようとして待ち構えている人も定めて多い事だろうと思います。して見るとこれらの四五・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・ 智識は素と感情の変形、俗に所謂智識感情とは、古参の感情新参の感情といえることなりなんぞと論じ出しては面倒臭く、結句迷惑の種を蒔くようなもの。そこで使いなれた智識感情といえる語を用いていわんには、大凡世の中万端の事智識ばかりでもゆかねば・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・主人が、新参小僧であるゴーリキイの両手を視ながら訊く。「お前は家で何をしていた?」 ゴーリキイは、あった通りのことを云った。「屑拾い――そいつは乞食よりよくない。泥棒よりよくねえ」「――泥棒もやったよ!」 主人は猫のよう・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ ―――――――――――――――― 西町奉行の佐佐は、両奉行の中の新参で、大阪に来てから、まだ一年たっていない。役向きの事はすべて同役の稲垣に相談して、城代に伺って処置するのであった。それであるから、桂屋太郎兵衛の公事・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・そのうち夜がふけたので、甘利は大勢に暇をやって、あとには新参の若衆一人を留めておいた。「ああ。騒がしい奴らであったぞ。月のおもしろさはこれからじゃ。また笛でも吹いて聞かせい」こう言って、甘利は若衆の膝を枕にして横になった。 若衆は笛・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫