・・・やはり『ホトトギス』の裏絵をかく為山と云う男があるがこの男は不折とまるで反対な性で趣味も新奇な洋風のを好む。いったい手先は不折なんかとちがってよほど器用だがどうも不勉強であるから近来は少々不折に先を越されそうな。それがちと近来不平のようであ・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・一は能く他国の文化を咀嚼玩味して自己薬籠中の物となしたるに反して、一は徒に新奇を迎うるにのみ急しく全く己れを省る遑なきことである。これそも何が故に然るや。今人の智能古人に比して劣れるが故か。将また時勢の累するところか。わたくしは知らない。わ・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・西洋の新らしい説などを生噛りにして法螺を吹くのは論外として、本当に自分が研究を積んで甲の説から乙の説に移りまた乙から丙に進んで、毫も流行を追うの陋態なく、またことさらに新奇を衒うの虚栄心なく、全く自然の順序階級を内発的に経て、しかも彼ら西洋・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・モラル・バックボーンという何でもない英語を翻訳すると、徳義的脊髄という新奇でかつ趣のある字面が出来る。余の行為がこの有用な新熟語に価するかどうかは、先生の見識に任せて置くつもりである。(余自身はそれほど新らしい脊髄がなくても、不便宜なしに誰・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・この人民の政を捨てて政府の政にのみ心を労し、再三の失望にも懲りずして無益の談論に日を送る者は、余輩これを政談家といわずして、新奇に役談家の名を下すもまた不可なきが如く思うなり。 今の如く役談家の繁昌する時節において、国のために利害をはか・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ ひっきょうするに、数年来、世の教育家なる者が、学問を尊び俗世界を賤しむこと、両様ともにはなはだしきにすぎ、高尚至極なる学問の型の中に無理に凡俗を包羅して、新奇の形を鋳冶せんとして、かえってその凡俗を容るることはできずして、大切なる教育・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ 試に今日女子の教育を視よ、都鄙一般に流行して、その流行の極、しきりに新奇を好み、山村水落に女子英語学校ありて、生徒の数、常に幾十人ありなどいえるは毎度伝聞するところにして、世の愚人はこれをもって教育の隆盛を卜することならんといえども、・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・ただに題目の新奇なるのみならず、その叙述の巧なる、実に『万葉』以後の手際なり。かの魚彦がいたずらに『万葉』の語句を模して『万葉』の精神を失えるに比すれば、曙覧が語句を摸せずしてかえって『万葉』の精神を伝えたる伎倆は同日に語るべきにあらず。さ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・かくのごとくして得来たるもの、必ず斬新奇警人を驚かすに足るものあり。俳句界においてこの人を求むるに蕪村一人あり。翻って芭蕉はいかんと見ればその俳句平易高雅、奇を衒せず、新を求めず、ことごとく自己が境涯の実歴ならざるはなし。二人は実に両極端を・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 新奇なこともない新聞を読み乍ら食事を終った処へ或書店から人が見えた。 髪をちょっと丸めたままの姿で、客間に行って見ると髪を長くのばし、張った肩に銘仙の羽織を着た青年が後を見せて立って居る。 初対面の挨拶をし、自分は「どうぞ・・・ 宮本百合子 「或日」
出典:青空文庫