友人鵜照君、明けて五十二歳、職業は科学的小説家、持病は胃潰瘍である。 彼は子供の時分から「新年」というものに対する恐怖に似たあるものを懐いていた。新年になると着なれぬ硬直な羽織はかまを着せられて親類縁者を歴訪させられ、・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ 年末から新年へかけて新聞紙でよく名士の訃音が頻繁に報ぜられることがある。インフルエンザの流行している時だと、それが簡単に説明されるような気のすることもある。しかしそう簡単に説明されない場合もある。 四五月ごろ全国の各所でほとんど同・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・絵葉書屋へはいったら一面に散らした新年のカードの中には売れ残りのクリスマスカードもあった。誰に贈るあてもないが一枚を五十銭で買った。水菓子屋の目さめるような店先で立止って足許の甘藍を摘んでみたりしていたが、とうとう蜜柑を四つばかり買って外套・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・「あれは皆新年官民懇親会に行くのヨ。」「それじゃあしも行って見よう。」「おい君も上るのか。上るなら羽織袴なんどじゃだめだヨ。この内で著物を借りて金剛杖を買って来たまえ。」「そうか。それじゃ君待ってくれたまえ。(白衣に著更サア君行こう。富士山・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・『ホトトギス』所載の挿画 年の暮の事で今年も例のように忙しいので、まだ十三、四日の日子を余して居るにもかかわらず、新聞へ投書になった新年の俳句を病牀で整理して居る。読む、点をつける、それぞれの題の下に分けて書く、草稿へ棒を引・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・ 来年の新年を、林町へ「お目出とう」を云いに行くことも出来ないのかと云う予想は、自分に涙を浮ばせずには置かないのである。 自分に生活の、愛の確信があり、自分と彼女との性格的差異を熟知して居るばかりで、私は辛うじて今の心持を支えて居る・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・日本時間で十一月四日の午前、トルーマン当選確定となったあと、東京のあちこちの印刷屋に駈けつけてとりいそぎ目下進行中の新年号の雑誌の特輯の中から大統領ときめこんでとりあつかったデューイの、或はデューイ氏に関する記事のさしかえをしなければならな・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・ この一つ二つの手紙の中で今年出来たものをみんなおみせして新年は新しい諧調をもってはじめたいと思います。風邪はお気をつけになって。 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・『新潮』は新年号に十五枚ぐらいの小説を十五人ぐらいにかかせているが、批評によると、短篇アンサンブルとしての効果なし。稲ちゃんも大変スタイルに留意して試みている。矢田津世子が書き、たい子がかいている。俊子さんの第三部は『改造』二月に出るでしょ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
わたしたち日本の人々は、いつもお正月になると、互に、おめでとう、と云いあって新年を祝う習慣をもっております。これまで戦争のなかで迎えた不安な、切ないいく度かの正月を、わたしたちは、おめでとうとも云えませんわね、と云って迎え・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
出典:青空文庫