・・・それでどの家も細かく葺いた木端屋根なのが、粗く而も優しい新緑の下で却って似合うのだ。裏通りなど歩くと、その木端屋根の上に、大きなごろた石を載せた家々もある。木曾を汽車で通ると、木曾川の岸に低く侘しく住む人間の家々の屋根が、やっぱりこんな風だ・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・が、藍子は夕方小石川の二階へ帰って来て、新緑の若葉照りにつつまれて明るい山径と、そこを歩いているだろう人の姿を想い浮べると、何だか凝っと夜の間坐っていられない心持になって来た。 藍子は旅行案内を出し、北條線の時間を調べた。木更津に友達が・・・ 宮本百合子 「帆」
晴○しっかりした面白味のある幹に密生して いかにも勁そうな細かい銀杏の若葉。○その窓からはいろいろな色と形との新緑の梢が見わたせた。 その奥で普請がやられている 金づちの音や木をひく音は朝から夕・・・ 宮本百合子 「窓からの風景(六月――)」
次の日曜には甲斐へ行こう。新緑はそれは美しい。そんな会話が擦れ違う声の中からふと聞えた。そうだ。もう新緑になっていると梶は思った。季節を忘れるなどということは、ここしばらくの彼には無いことだった。昨夜もラジオを聞いていると・・・ 横光利一 「微笑」
・・・やっぱり新緑は東京でも美しいんだなと思う。次々にほかの樹も芽を出して来て、それぞれに違った新緑の色調を見せる。並木に使ってある欅の新緑なども、煙ったようでなかなかいい。などと思っているうちに acceleration が止まったのである。東・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
・・・その代わり新緑のような溌剌としたいのちもないでしょう。 そこでこの青春を、心の動くままに味わいつくすのがいいか、あるいは厳粛な予想によって絶えず鍛練して行くのがいいか、という問題になります。 青春は再び帰って来ない。その新鮮な感受性・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫