・・・もし書いて頂ければ、大いに新聞に広告しますよ。「堀川氏の筆に成れる、哀婉極りなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。 保吉 「哀婉極りなき」? しかし僕の小説は「恋愛は至上なり」と云うのですよ。 主筆 すると恋愛の讃美ですね。それはい・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・彼はしょうことなしに監督の持って来た東京新聞の地方版をいじくりまわしていた。北海道の記事を除いたすべては一つ残らず青森までの汽車の中で読み飽いたものばかりだった。「お前は今日の早田の説明で農場のことはたいてい呑みこめたか」 ややしば・・・ 有島武郎 「親子」
・・・小学校の教科書と詩も半分はなって来た。新聞にだって三分の一は時代語で書いてある。先を越してローマ字を使う人さえある。A それだけ混乱していたら沢山じゃないか。B うむ。そうすっとまだまだか。A まだまだ。日本は今三分の一まで来た・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・帯もぐるぐる巻き、胡坐で火鉢に頬杖して、当日の東雲御覧という、ちょっと変った題の、土地の新聞を読んでいた。 その二の面の二段目から三段へかけて出ている、清川謙造氏講演、とあるのがこの人物である。 たとい地方でも何でも、新聞は早朝に出・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・宿についても飲むも食うも気が進まず、新聞を見また用意の本など出してみても、異様に神経が興奮していて、気を移すことはできなかった。見てきた牛の形が種々に頭に映じてきてどうにもしかたがない。無理に酒を一口飲んだまま寝ることにした。 七日と思・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・さきに僕がかの女のお袋に尋ねて、吉弥は小学校を出たかというと、学校へはやらなかったので、わずかに新聞を拾い読みすることが出来るくらいで、役者になってもせりふの覚えが悪かろうと答える。すると吉弥がそばから、「まさか、絶句はしない、わ」と、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・先年或る新聞に、和田三造が椿岳の画を見て、日本にもこんな豪い名人がいるかといって感嘆したという噂が載っていた。この噂の虚実は別として、この新聞を見た若い美術家の中には椿岳という画家はどんな豪い芸術家であったろうと好奇心を焔やしたものもまた決・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
新に越して来た家の前に二軒続きの長屋があった。最初私にはただこんな長屋があるという位にしか思われなかった。 ある新聞社にいる知人から毎日寄贈してくれる新聞がこの越して来てから二三日届かなかったので、私はきっと配達人が此家が分らない・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・四方の壁は古新聞で貼って、それが煤けて茶色になった。日光の射すのは往来に向いた格子附の南窓だけで、外の窓はどれも雨戸が釘着けにしてある。畳はどんなか知らぬが、部屋一面に摩切れた縁なしの薄縁を敷いて、ところどころ布片で、破目が綴くってある。そ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・然としたそうだが、幸に女房はそれを気が付かなかったらしいので、無理に平気を装って、内に入ってその晩は、事なく寝たが、就中胆を冷したというのは、或夏の夜のこと、夫婦が寝ぞべりながら、二人して茶の間で、都新聞の三面小説を読んでいると、その小説の・・・ 小山内薫 「因果」
出典:青空文庫