・・・月給の中から黒い背広を新規に誂えて、降っても照ってもそれを着て学校へ通うことにした。しかし、その新調の背広を着て見ることすら、彼には初めてだ。「どうかして、一度、白足袋を穿いて見たい」 そんなことすら長い年月の間、非常な贅沢な願いの・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・考えれば考えるほどわかりにくくばかりなる心を新規蒔なおしに考え始めにゃならぬ。第二の精霊 マ、そのまま考えたいなら考えさせて置きなされ、わし等に損は行かぬことじゃ。ところでじゃ、あの精女の姿を思い出して見なされ、思い出すどころかとっくに・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・それどころかコンムーナへ新規に入って来る者なんぞは一月に二三キロも目方が減るぐれえなもんだ。これでよく分る、『ブルスキー』へどんな連中がより集まったか。懶けもんだ! 天からマンナが降るのを待ってるみてえだ。ブルスキーの連中は自分で云っている・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ どんなに陰気になっていても、彼女の年の持つ単純さが、新らしく彼女を取り繞った周囲に対して、驚くべき好奇心、探究心を誘い出し、ことごとに満たされ、ことごとに適度な緊張となる新規な習慣や規則が、実に無量の鼓舞と慰安とを与えたのである。・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ために、その主人はつかまっているがかつて飛び出した朝田の医院へ、新規蒔直しに何もかもやってくれという夫人の求めに応じて戻ることにする。その夜妻が姙娠しているときかされて、新鮮なショックを感じる。「そのとき彼の耳は既に、医者の耳でなく父親の耳・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫