・・・北方の大阪から神戸兵庫を経て、須磨の海岸あたりにまで延長していっている阪神の市民に、温和で健やかな空気と、青々した山や海の眺めと、新鮮な食料とで、彼らの休息と慰安を与える新しい住宅地の一つであった。 桂三郎は、私の兄の養子であったが、三・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・そして、その後では、新鮮な溌溂たる疼痛だけが残された。「オーイ、昨夜はもてたかい?」 ファンネルの烟を追っていた火夫が、烟の先に私を見付けて、デッキから呶鳴った。「持てたよ。地獄の鬼に!」 私は呶鳴りかえした。「何て鬼だ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 明治十九の歳華すでに改まりて、慶応義塾の教育法は大いに改まるに非ずといえども、一陽来復とともにこの旧教育法に新鮮の生気をあたうるはまたおのずから要用なるべし。その生気とは何ぞや。本塾の実学をしてますます実ならしめ、細大洩らさず、すべて・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・甘いつめたい汁でいっぱいじゃ。新鮮なエステルにみちている。しかもこの宝石は数も多く人をもなやまさないじゃ。来年もまたみのるじゃ。ありがたい。又この葉の美しいことはまさに黄金じゃ。日光来りて葉緑を照徹すれば葉緑黄金を生ずるじゃ。讃うべきかな神・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・それに生徒はみんな新鮮だ。そしてそうだ、向うの崖の黒いのはあれだ、明らかにあの黒曜石の dyke だ。ここからこんなにはっきり見えるとは思わなかったぞ。よしうまい。〔向うの崖をごらんなさい。黒くて少し浮き出した柱のような岩がある・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ 新鮮な階級的な知性と実践的な生の脈うちとで鳴っていた「敗北の文学」「過渡期の道標」の調子は、そのメロディーを失って熱いテムポにかわった。情感へのアッピールの調子から理性への説得にうつった。 この時期の評論が、どのように当時の世界革・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ それが、却って、云うに云えない今日の新鮮さ、頼りふかい印象を与えているのは、どういうわけなのだろうか。 日本の民主化ということは、大したことであるという現実の例がこの一事にも十分あらわれていると思う。 こういう、云わば野暮な、・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・此の故清少納言の官能は新鮮なそれだけで何の暗示的な感覚的成長もしなかった。感覚的表徴は悟性によりて主観的制約を受けるが故に混濁的清澄を持つほど貴い。だが、官能的表徴は客観によりて主観的制約を受けるが故に清澄性故の直接清澄を持つほど貴重である・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・今、彼はルイザを見ると、その若々しい肉体はジョゼフィヌに比べて、割られた果実のように新鮮に感じられた。だが、そのとき彼自身の年齢は最早四十一歳の坂にいた。彼は自身の頑癬を持った古々しい平民の肉体と、ルイザの若々しい十八の高貴なハプスブルグの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ベルナアルの椿姫、カインツのロミオ、ムネのハムレットなどは幾度見ても飽かない、見るたびごとに新鮮な感興が起こる。しかるにデュウゼのは四五度以上同じ物を見ると感興が薄らいでしまう。デュウゼの芸には解すべからざる秘密がある。 バアルはこの秘・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫