・・・携わっている方面も異い、気質も異っていたが、彼らは昔から親しく往来し互いの生活に干渉し合っていた。ことに大槻は作家を志望していて、茫洋とした研究に乗り出した行一になにか共通した刺激を感じるのだった。「どうだい、で、研究所の方は?」「・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・もっともこの二人は、それぞれ東京で職を持って相応に身を立てていますから、年に二度三度会いますが、私とは方面が違うので、あまり親しく往来はしないのです。けれども、会えばいつも以前のままの学友気質で、無遠慮な口をきき合うのです。この日も鷹見は、・・・ 国木田独歩 「あの時分」
一人の男と一人の女とが夫婦になるということは、人間という、文化があり、精神があり、その上に霊を持った生きものの一つの習わしであるから、それは二つの方面から見ねばならぬのではあるまいか。 すなわち一つは宇宙の生命の法則の・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・おそらく、いつまで生きて居っても、人間と生活の美しい方面は見ることが出来ず、いつも悪い醜い方面ばかりを見ておこったり、不平を云ったり、にや/\笑ったりして、陰鬱な面をしているだろう。かげでぶつ/\云っていず、自分からさきに出て、喋くりもし、・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・中川は四十九曲りといわれるほど蜿蜒屈曲して流れる川で、西袋は丁度西の方、即ち江戸の方面へ屈曲し込んで、それからまた東の方へ転じながら南へ行くところで、西へ入って袋の如くになっているから西袋という称も生じたのであろう。水は湾わんわんと曲り込ん・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・さっそく私は次郎と三郎の二人を連れて青山方面まで見に行って来た。今少しで約束するところまで行った。見合わせた。帰って来て、そんな家を無理して借りるよりも、まだしも今の住居のほうがましだということにおもい当たった。いったんは私の心も今の住居を・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・この固有思想と五行等の新來思想とが合せる時、その宗教的方面に結びつきしは方士の類なり。後に道教となり風水説となれり。その道徳的方面に結びつきしは儒教也、易也。而して『書經』『禮記』は五行分子多く、孔子の説は道徳的分子に富みたり。 而して・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・ そのほかいろいろの方面のそう難者について、さまざまのいたいたしい話を聞きました。永代橋が焼けおちるのと一しょに大川の中へおちて、後でたすけ上げられた或婦人なぞは、最初三つになる子どもをつれて、深川の方からのがれて来て、橋の半ば以上のと・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 早稲田界隈の下宿街は、井伏さんに一生つきまとい、井伏さんは阿佐ヶ谷方面へお逃げになっても、やっぱり追いかけて行くだろう。 井伏さんと下宿生活。 けれども、日本の文学が、そのために、一つの重大な収穫を得たのである。 ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・遼陽方面の砲声も今まで盛んに聞こえていたが、いつか全くとだえてしまった。 二人連れの上等兵が追い越した。 すれ違って、五、六間先に出たが、ひとりが戻ってきた。 「おい、君、どうした?」 かれは気がついた。声を挙げて泣いて歩い・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫