・・・いや、事によると時々は、君にさえ僕と同様の警戒を施していたかも知れない。』私『そう云えば、いつか君の細君は、書斎で我々が話しているのを立ち聴きをしていた事があった。』三浦『そうだろう、ずいぶんそのくらいな振舞はし兼ねない女だった。』私たちは・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・では菊池寛の作品には、これらの割引を施した後にも、何か著しい特色が残っているか? 彼の価値を問う為には、まず此処に心を留むべきである。 何か著しい特色? ――世間は必ずわたしと共に、幾多の特色を数え得るであろう。彼の構想力、彼の性格解剖・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・竹で造った骨組みの上へ紙を張って、それに青と赤との画の具で、華やかな彩色が施してある。形は画で見る竜と、少しも変りがない。それが昼間だのに、中へ蝋燭らしい火をともして、彷彿と蒼空へ現れた。その上不思議な事には、その竜燈が、どうも生きているよ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・……人形使 これというも、酒の一杯や二杯ぐれえ、時たま肥料にお施しなされるで、弘法様の御利益だ。万屋 詰らない世辞を言いなさんな。――全くこの辺、人通りのないのはひどい。……先刻、山越に立野から出るお稚児を二人、大勢で守立てて通った・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・一体、この泊のある財産家の持地でござりますので、仮の小屋掛で近在の者へ施し半分に遣っておりました処、さあ、盲目が開く、躄が立つ、子供が産れる、乳が出る、大した効能。いやもう、神のごとしとござりまして、所々方々から、彼岸詣のように、ぞろぞろと・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・教うる人が人格者である許りでなく、一人一人の生徒を自分の前に置き、熱心に精神的教育を施したために偉大なる感化を与うることが出来たのは、寧ろ当然の事である。今日の小学校の教育殊に修身科の如きものに就て、教師が今までの与えられた処の概念をそのま・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・刺繍を施したカーテンがつるしてあった。でも、そこからは、動物の棲家のように、異様な毛皮と、獣油の臭いが発散して来た。 それが、日本の兵卒達に、如何にも、毛唐の臭いだと思わせた。 子供達は、そこから、琺瑯引きの洗面器を抱えて毎日やって・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・その一生のつとめを終ってしまった樹木が、だん/\に、どこからともなく枯れかけて、如何なる手段を施しても、枯れるものを甦らすことは出来ないように死んでしまった。 土地も借金も同時になくなってしまったことを僕は喜んだ。せい/\とした。虹吉は・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・い眼元に俊雄はちくと気を留めしも小春ある手前格別の意味もなかりしにふとその後俊雄の耳へ小春は野々宮大尽最愛の持物と聞えしよりさては小春も尾のある狐欺されたかと疑ぐるについぞこれまで覚えのない口舌法を実施し今あらためてお夏が好いたらしく土地を・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・施与ということは妙なもので、施された人も幸福ではあろうが、施した当人の方は尚更心嬉しい。自分は饑えた人を捉えて、説法を聞かせたとも気付かなかった。十銭呉れてやった上に、助言もしてやった。まあ、二つ恵んでやった。と考えて、自分のしたことを二倍・・・ 島崎藤村 「朝飯」
出典:青空文庫