・・・みに西洋諸国の工商社会を見れば、某は何々の工事を企てて何十万円を得たり、某は何々の商売に何百万の産をなしたりという、その人の身は、必ず学校より出でたる者にして、少小教育の所得を、成年の後、殖産の実地に施し、もって一身一家の富をいたしたる者に・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・けだし農なり商なり、また航海なり、人生の肉体に属することにして近く実利に接するものなれば、政府はその実際の利害につき、あるいは課税を軽重し保護を左右する等の術を施して、たちまちこれを盛ならしめ、またたちまちこれを衰えしむること、はなはだやす・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・野菜の類は肥料を受けて三日、すなわち青々の色に変ずといえども、樹木は寒中これに施してその効験は翌年の春夏に見るべきのみ。 いま人心は草木の如く、教育は肥料の如し。この人心に教育を施して、その効験三日に見るべきか。いわく、否なり。三冬の育・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・彼の発明の蒸汽船車なり、鉄砲軍器なり、また電信瓦斯なり、働の成跡は大なりといえども、そのはじめは錙朱の理を推究分離して、ついにもって人事に施したる者のみ。その大を見て驚くなかれ、その小を見て等閑に附するなかれ。大小の物、皆偶然に非ざるなり。・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・木道具や窓の龕が茶色にくすんで見えるのに、幼穉な現代式が施してあるので、異様な感じがする。一方に白塗のピアノが据え附けてあって、その傍に Liberty の薄絹を張った硝子戸がある。隣の室に通じているのであろう。随分無趣味な装飾ではあるが、・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ それで、そういう風にして、社会教育を施して行く一方、子供の感情の働き方、これは大人と違うから、つまり注意をどれだけ、何分間集中し得るかというようなことは、大人に育ってしまってからはよく分らないから、そこに教育部というものがあって、そこ・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ 私は、庭が、せめてありのままの自然の一部を区切って僅の修正を施した程度のものでありたい。本当の野山をいくら捜してもない樹木の配置、木と木との組み合わせ等を狭い都会の空地に故意とらしく造るより、自然の一隅で偶然出会って忘られない印象・・・ 宮本百合子 「素朴な庭」
・・・そうしたなら阿部一族は面目を施して、こぞって忠勤を励んだのであろう。しかるに上で一段下がった扱いをしたので、家中のものの阿部家侮蔑の念が公に認められた形になった。権兵衛兄弟は次第に傍輩にうとんぜられて、怏々として日を送った。 寛永十九年・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「下顎の脱臼は昔は落架風と云って、或る大家は整復の秘密を人に見られんように、大風炉敷を病人の頭から被せて置いて、術を施したものだよ。骨の形さえ知っていれば秘密は無い。皿の前の下へ向いて飛び出している処を、背後へ越させるだけの事だ。学問は・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ 手前とこが有るばっかしで、俺とこまで穢しやがって、そんな恩施しなら、いつなと持っていけ!」 勘次は怒りのために慄え出した。と、彼は黙って秋三の顔を横から殴打った。秋三は蹌踉めいた。が、背面の藁戸を掴んで踏み停ると、「何さらす。」と・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫