・・・一人の旅商人、中国辺の山道にさしかかりて、草刈りの女に逢う。その女、容目ことに美しかりければ、不作法に戯れよりて、手をとりてともに上る。途中にて、その女、草鞋解けたり。手をはなしたまえ、結ばんという。男おはむきに深切だてして、結びやるとて、・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ その裏座敷に、二人一組、別に一人、一人は旅商人、二人は官吏らしい旅客がいて憩った。いずれも、柳ヶ瀬から、中の河内越して、武生へ下る途中なのである。 横づけの駕籠を覗いて、親仁が、「お前さま、おだるけりゃ、お茶を取って進ぜますで。」・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・……床に行李と二つばかり重ねた、あせた萌葱の風呂敷づつみの、真田紐で中結わえをしたのがあって、旅商人と見える中年の男が、ずッぷり床を背負って当たっていると、向い合いに、一人の、中年増の女中がちょいと浮腰で、膝をついて、手さきだけ炬燵に入れて・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 旅商人の脊に負える包の中には赤きリボンのあるか、白き下着のあるか、珊瑚、瑪瑙、水晶、真珠のあるか、包める中を照らさねば、中にあるものは鏡には写らず。写らねばシャロットの女の眸には映ぜぬ。 古き幾世を照らして、今の世にシャロットにあ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・京から来る旅商人などにきかれてこの土地の一番年よりかぶの爺はこうこたえるのがつねで有った。 二人の女君もうとしごろ弟君も、比まれに姿も心も美くしく生い立ったので「よいよめ良いむこなりともさがさねばならず……」あとにのこった若い殿の後見を・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫