・・・ 前刻の蓮根市の影法師が、旅装で、白皙の紳士になり、且つ指環を、竈の火に彩られて顕われた。「おお、これは。」 名古屋に時めく大資産家の婿君で、某学校の教授と、人の知る……すなわち、以前、この蓮池邸の坊ちゃんであった。「見覚え・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・長火鉢に寄っかかッて胸算用に余念もなかった主人が驚いてこちらを向く暇もなく、広い土間を三歩ばかりに大股に歩いて、主人の鼻先に突ったッた男は年ごろ三十にはまだ二ツ三ツ足らざるべく、洋服、脚絆、草鞋の旅装で鳥打ち帽をかぶり、右の手に蝙蝠傘を携え・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・私たちは、船を下りると、すぐ旅装を調えて、ヒルテイの村に出発したのであります。実は私は日本から出ました際には、ニュウファウンドランドへさえ着いたら、誰の眼もみなそのヒルテイという村の方へ向いてるだろう、世界中から集った旅人が、ぞろぞろそっち・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫