・・・幾里の登り阪を草鞋のあら緒にくわれて見知らぬ順礼の介抱に他生の縁を感じ馬子に叱られ駕籠舁に嘲られながらぶらりぶらりと急がぬ旅路に白雲を踏み草花を摘む。実にやもののあわれはこれよりぞ知るべき。はた十銭のはたごに六部道者と合い宿の寝言は熟眠を驚・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
我が妹の 亡き御霊の 御前に 只一人の妹に先立たれた姉の心はその両親にも勝るほど悲しいものである。 手を引いてやるものもない路を幼い身ではてしなく長い旅路についた妹の身を思えば涙は自ずと頬を下・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ ちぎられた哀れな花は青い水面を色どって下へ下へと、末のわからない旅路について行った。 涙にくもった眼でゆられゆられて居る花を見て居た仙二は一番最後の赤い小さい花を水になげ込んだ時手を延したまんま草の中に顔をうずめた。 草の葉の・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ 逃げ出してあてどもない旅路を行く人の心をそのまんま私の心にうつした様に東京の私のこの上なく可愛がる本の奇麗な色と文字を思い出し日光にまぼしくかがやきながら若い楓の木の間を赤い椿の花のかげをとびまわって居る四羽の小鳩の事も思い出された。・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
出典:青空文庫