・・・道は少し北へ曲って、長屋の間を行くこと半町ばかりにして火の見梯子の立っている四辻に出る。このあたりを大音寺前と称えたのは、四辻の西南の角に大音寺という浄土宗の寺があったからである。辻を北に取れば竜泉寺の門前を過ぎて千束稲荷の方へ抜け、また真・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・それで車の上で感服したような驚いたような顔をして、きょろきょろ見廻して来ると所々の辻々に講演の看板と云いますか、広告と云いますか、夏目漱石君などと云うような名前が墨黒々と書いて壁に貼りつけてある。何だか雲右衛門か何かが興行のため乗り込んだよ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・僕のやうな人間が、もし自然のままの傾向で惰力して行つたら、おそらく辻潤や高橋新吉のやうな本格的のダダイストになつたにちがひない。それが幸ひ一つの昂然たる貴族的精神によつて、今日まで埋没から救はれてるのは、ひとへに全くニイチェから学んだ訓育の・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・んだ者か、そのお寺の門前ではたと倒れた、それを如何にも残念と思うた様子で、喘ぎ喘ぎ頭を挙げて見ると、目の前に鼻の欠けた地蔵様が立ってござるので、その地蔵様に向いて、未来は必ず人間界に行かれるよう六道の辻へ目じるしの札を立てて下さいませ、この・・・ 正岡子規 「犬」
・・・下士官広瀬は、榕子によって強い精神とされる精神の所有者であり、現実における辻政信その他の人々も、石川達三という作家によってうまれている彼女の流儀によれば、やはり強い精神をもって、日本のこんにちに暗く作用しつつある。「結婚の生態」「生きている・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・そしてある辻まで来ると、かれは小さな糸くずが地上に落ちているのを見つけた。このアウシュコルンというのはノルマン地方の人にまがいなき経済家で、何によらず途に落ちているものはことごとく拾って置けば必ず何かの用に立つという考えをもっていた。そこで・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・会杜の徽章の附いた帽を被って、辻々に立っていて、手紙を市内へ届けることでも、途中で買って邪魔になるものを自宅へ持って帰らせる事でも、何でも受け合うのが伝便である。手紙や品物と引換に、会社の印の据わっている紙切をくれる。存外間違はないのである・・・ 森鴎外 「独身」
・・・それからわたくしが料理屋の門口から往来へ出て、辻馬車を雇おうと思いますと、あなたが出し抜けにわたくしの側へ現れておいでなすったのですね。男。ええ。そうでした。貴夫人。そして内へ送って往ってやろうとおっしゃったのですね。男。ええ。・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・彼は早く灯火の見える辻へ出たかった。丁度、そうして夕暮れ鉄材を積んだ一隊の兵士と出会った場所まで来たとき、溌剌としていた昼間の栖方を思い出し、やっと梶は云った。「しかし、君、そういうところから人間の生活は始まるのだから、あなたもそろそろ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 大正四年八月鵠沼にて和辻哲郎 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫