・・・すなわち彼には、人間の偉大に関する伝習的迷信がきわめて多量に含まれていたとともに、いっさいの「既成」と青年との間の関係に対する理解がはるかに局限的であった。そうしてその思想が魔語のごとく当時の青年を動かしたにもかかわらず、彼が未来の一設計者・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・歿後遺文を整理して偶然初度の原稿を検するに及んで、世間に発表した既成の製作と最始の書き卸しと文章の調子や匂いや味いがまるで別人であるように違ってるのを発見し、二葉亭の五分も隙がない一字の増減をすら許さない完璧の文章は全く千鍜万錬の結果に外な・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・複雑なる主義に、たとえば、政治に、経済に、既成の哲学に、依拠し、隷属しなければならぬとするごときは迷蒙である。こうしたことによって何等か、感激を呼び起した場合がなかったと言わない。しかし、いまは、この重圧のために、空想を、想像を、拘束されて・・・ 小川未明 「単純化は唯一の武器だ」
・・・この意味において、既成の感情、常識を基礎とする、しかも廃頽的な大人の文学と対立するものでなければなりません。しかるに、指導的立場にあるものゝ無自覚と産業機関の合理化は、新興文学の出現とその発達を拒んでいます。 しかし、このことも、幾千万・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・日本もフランスも共に病体であり、不安と混乱の渦中にあり、ことに若きジェネレーションはもはや伝統というヴェールに包まれた既成の観念に、疑義を抱いて、虚無に陥っている。そのような状態がフランスではエグジスタンシアリスムという一つの思想的必然をう・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・の四字を冠しただけで満足しているような文壇社会党乃至文壇共産党の文学も、文壇進歩党の既成スタイルを打ち破るだけの新しいスタイルを生み出す努力をしなければ、いいかえれば作品の上で文壇進歩党に帽子を脱がすほどの新しさを生み出さねば、結局は文学運・・・ 織田作之助 「土足のままの文学」
・・・その他の諸菩薩ないし人師もしくは不了義経を依拠とせる既成の八宗、十宗はことごとく邪宗である。 既成の諸宗の誤謬は仏陀の方便の権教を、真実教と間違えたところにある。仏陀の真実教は法華経のほかには無い。仏陀出世の本懐は法華経を説くにあった。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ そこへ行くと、無産政党の演説会は、たいていどの演説会でも、既成政党を攻撃はするが、その外、自分の党は何をするか、を必ず説く。そこは、徹頭徹尾、攻撃に終始する既成政党の演説会に比して、よほど整い、つじつまが会っている。 しかし、演説・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・自然主義運動勃興以前の各既成作家の行きづまりは、恐ろしく、水っぽい戦争小説の洪水をもたらした。それは、後の自然主義運動に於いて作家としての生長を示した徳田秋声の、この時の作品「通訳官」を見ても、また、小栗風葉の「決死兵」、広津柳浪の「天下一・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・大噐不成なのか、大噐既成なのか、そんな事は先生の問題ではなくなったのであろう。 幸田露伴 「観画談」
出典:青空文庫