・・・お前たちと母上と私とは海岸の砂丘に行って日向ぼっこをして楽しく二三時間を過ごすまでになった。 どういう積りで運命がそんな小康を私たちに与えたのかそれは分らない。然し彼はどんな事があっても仕遂ぐべき事を仕遂げずにはおかなかった。その年が暮・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 僕が十二月二十五日の午前に帰って見ると、庭一面に籾を干してあって、母は前の縁側に蒲団を敷いて日向ぼっこをしていた。近頃はよほど体の工合もよい。今日は兄夫婦と男とお増とは山へ落葉をはきに行ったとの話である。僕は民さんはと口の先まで出たけ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「ちょっと手伝えよ、そんなに日向ぼっこばかりしとらんで。」後藤はスパイにからかった。「遊んどって月給が貰えるんだから、そんなべら棒な仕事はないだろう。」 スパイは苦笑した。「よいしょ。」「よい来た。」「よいしょ。」「・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
一 ぽか/\暖かくなりかけた五月の山は、無気味で油断がならない。蛇が日向ぼっこをしたり、蜥蜴やヤモリがふいにとび出して来る。 僕は、動物のうちで爬虫類が一番きらいだ。 人間が蛇を嫌うのは、大昔に、まだ人間とならない時代の・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ それでも、醤油屋へ行きたくなくなって、彼は、十時頃まで日向ぼっこをしていた。「われが一人でよう行かんのなら、おばあがつれて行てやろうか。――行かなんだら、お父うが戻ってまた怒るぞ。」 祖母はすやすや寝ている小さい弟を起して、古・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・百匹もの猿は、青空の下でのどかに日向ぼっこして遊んでいた。私は、滝口の傍でじっとうずくまっている彼に声をかけた。「みんな知らないのか。」 彼は私の顔を見ずに下から答えてよこした。「知るものか。知っているのは、おそらく、おれと君と・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
十二月始めのある日、珍しくよく晴れて、そして風のちっともない午前に、私は病床から這い出して縁側で日向ぼっこをしていた。都会では滅多に見られぬ強烈な日光がじかに顔に照りつけるのが少し痛いほどであった。そこに干してある蒲団から・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・多分七、八歳くらいの自分と五、六歳くらいの丑尾さんとが門前のたたきの斜面で日向ぼっこをしていた。自分が門柱にもたれてぼんやり前の小川を眺めていたとき丑尾さんが自分の正面に立ってしばらく自分の顔を見詰めていたようであったが、真に突然に、その可・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・縁側で日向ぼっこをしている二匹のねこがどうかすると全く同じ挙動をすると同じかもしれない。してみると人間の考え方にも一定の公式のようなものがあるかもしれない。その公式からひどく離れるとばかか気違いか天才になるのかもしれない。 こんな空想は・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・防波堤の下に並んで日向ぼっこをしながら、篤介がその犬に向って口笛を吹いた。犬は耳を立て此方を見たが、再び急がしそうに砂に鼻先をすりつけつつ波打ちぎわへ駆け去った。「あら、一寸こんな虫!」 陽子は、腹這いになっているふき子の目の下を覗・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
出典:青空文庫