・・・「ああ、日帰りでやって来たよ。生体解剖の話や何かして行ったっけ。」「不愉快なやつだね。」「どうして?」「どうしてってこともないけれども。……」 僕等は夕飯をすませた後、ちょうど風の落ちたのを幸い、海岸へ散歩に出かけること・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・四日目に日帰りで三島町まで見学に出かけた。三島駅でおりて見たが瓦が少し落ちた家があるくらいでたいした損害はないように見えた。平和な小春日がのどかに野を照らしていた。三島町へはいってもいっこう強震のあったらしい様子がないので不審に思っていると・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 室戸岬が日本何景かの一つになってから観光客が急に多くなり、今では、汽車こそまだ開通しないが、自動車や汽船で楽に日帰りが出来るそうである。その代りもう十一銭の宿泊料では覚束ないであろう。鯨取りもとうにもうノルウェー式か何かになってしまっ・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・若い時分にゃ宇都宮まで俥ひいて、日帰りでしたからね。あアお午後ぶらぶらと向を出て八時なら八時に数寄屋橋まで著けろと云や、丁と其時間に入ったんでさ。……ああ、面白えこともあった。苦しいこともあった。十一の年に実のお袋の仕向が些と腑におちねえこ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・わたくしは既に十七歳になっていたが、その頃の中学生は今日とはちがって、日帰りの遠足より外滅多に汽車に乗ることもないので、小田原へ来たのも無論この日が始めてであった。家を離れて一人病院の一室に夢を見るのもまた始めてである。東京の家に帰ったのは・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ 三 一日に泊った翌日帰りしなになって、健康の話が出た。「指で抓んで見て、皮と身が離れるのが分るようじゃいけないんだそうですね」「そりゃそうでしょう」「こうして見て――」 網野さんは軽く拇指・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
出典:青空文庫