・・・彼の病室は日当りの悪い、透き間風の通る二階だった。彼はベッドに腰かけたまま、不相変元気に笑いなどした。が、文芸や社会科学のことはほとんど一言も話さなかった。「僕はあの棕櫚の木を見る度に妙に同情したくなるんだがね。そら、あの上の葉っぱが動・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・ 案内に応じて通されたのは、日当りの好い座敷だった。その上主人が風流なのか、支那の書棚だの蘭の鉢だの、煎茶家めいた装飾があるのも、居心の好い空気をつくっていた。 玄象道人は頭を剃った、恰幅の好い老人だった。が、金歯を嵌めていたり、巻・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・それにも、人の往来の疎なのが知れて、隈なき日当りが寂寞して、薄甘く暖い。 怪しき臭気、得ならぬものを蔽うた、藁も蓆も、早や路傍に露骨ながら、そこには菫の濃いのが咲いて、淡いのが草まじりに、はらはらと数に乱れる。 馬の沓形の畠やや中窪・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・「いや、雨上りの日当りには、鉢前などに出はするがね。こんなに居やしないようだ。よくも気をつけはしないけれど、……よりもっと小さくって煙のようだね。……またここにも一団になっている。何と言う虫だろう。」「太郎虫と言いますか、米搗虫と言・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・――樹島は背戸畑の崩れた、この日当りの土手に腰を掛けて憩いつつ、――いま言う――その写真のぬしを正のもので見たのである。 その前に、渠は母の実家の檀那寺なる、この辺の寺に墓詣した。 俗に赤門寺と云う。……門も朱塗だし、金剛神を安・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・――もっとも、戸外は日当りに針が飛んでいようが、少々腹が痛もうが、我慢して、汽車に乗れないという容体ではなかったので。……ただ、誰も知らない。この宿の居心のいいのにつけて、どこかへのつらあてにと、逗留する気になったのである。 ところで座・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・その赤い実を、またざくろの木にさしておこうかとも思ったが、それよりは、お庭の日当たりのいいやわらかな土にうずめてやったほうがいいと思って、そうしました。 義雄さんには、将来の楽しみが一つできました。来年の芽の出る春が待たれたのであります・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・ 圃に植えた年郎くんのいちじゅくは、日当たりがよくまた風もよく通ったから、ぐんぐんと伸びてゆきました。翌年には、もう枝ができて、大きな葉が、地の上に黒い蔭をつくりました。すると、小鳥がきて止まりました。また頭の上を高く、白い雲が悠々と見・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・もっと水の深い、日当たりのいいところでなくては、魚も寄ってきはしない。」と、猟師はいいました。 下男は、そうかと思いました。そこで糸を巻いて猟師の教えてくれたような川を探して歩きました。 すると、ある橋の際に、水の深そうな、日の当た・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
・・・縁側の日当たりに、十ばかりの少女が、すわって、兄さんの帰るのを待っていました。その子は、病気と思われるほど、やせていました。しかし、目は、ぱっちりとして、黒く大きかったのでした。 兄さんは、ポケットから、りゅうのひげの実を出して妹にやる・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
出典:青空文庫