・・・(なおまた我らの信頼するホップ夫人に対する報酬はかつて夫人が女優たりし時の日当一六 僕はこういう記事を読んだ後、だんだんこの国にいることも憂鬱になってきましたから、どうか我々人間の国へ帰ることにしたいと思いました。しかしいく・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 三 海、また湖へ、信心の投網を颯と打って、水に光るもの、輝くものの、仏像、名剣を得たと言っても、売れない前には、その日一日の日当がどうなった、米は両につき三升、というのだから、かくのごとき杢若が番太郎小屋にただ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・一方は、日当の背戸を横手に取って、次第疎に藁屋がある、中に半農――この潟に漁って活計とするものは、三百人を越すと聞くから、あるいは半漁師――少しばかり商いもする――藁屋草履は、ふかし芋とこの店に並べてあった――村はずれの軒を道へ出て、そそけ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
一 東京もはやここは多摩の里、郡の部に属する内藤新宿の町端に、近頃新開で土の色赤く、日当のいい冠木門から、目のふちほんのりと酔を帯びて、杖を小脇に、つかつかと出た一名の瀟洒たる人物がある。 黒の洋服・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・それも塀を高く越した日当のいい一枝だけ真白に咲くと、その朝から雀がバッタリ。意気地なし。また丁どその卯の花の枝の下に御飯が乗っている。前年の月見草で心得て、この時は澄ましていた。やがて一羽ずつ密と来た。忽ち卯の花に遊ぶこと萩に戯るるが如しで・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・氏神の夏祭には、水着を着てお宮の大提燈を担いで練ると、日当九十銭になった。鎧を着ると三十銭あがりだった。種吉の留守にはお辰が天婦羅を揚げた。お辰は存分に材料を節約したから、祭の日通り掛りに見て、種吉は肩身の狭い想いをし、鎧の下を汗が走った。・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ ある朝、彼は日当のいい彼の部屋で座布団を干していた。その座布団は彼の幼時からの記憶につながれていた。同じ切れ地で夜具ができていたのだった。――日なたの匂いを立てながら縞目の古りた座布団は膨れはじめた。彼は眼を瞠った。どうしたのだ。まる・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、箆棒奴! どうして飲めるんだい!」 が、フト彼は丼の中にある小箱の事を思い出した。彼は箱についてるセメントを、ズボンの尻でこすった。 箱には何・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・村の労銀というのは恐らく従来の救済工事の日当や日傭労働賃銀を標準にしてのことであったろう。むしろ意外な苦情を受けた専門家たちは「労銀が多すぎる為に起る弊害について大いに考えさせられた。副業が本業になることを恐れるためである」その問題は、それ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 十一月初旬の或日やや Fatal な日のこと。梅月でしる粉をたべ。 午後久しぶりでひる風呂、誰もいず。髪をあらう、そのなめらかな手ざわりのなごやかさ。 日当ぼっこ、髪かわかしカンス椅子 柿モギの・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
出典:青空文庫