・・・また暑い日盛りごろ、旅人が店頭にきて休みました。そして、四方の話などをしました。しかし、その間だれも飴チョコを買うものがありませんでした。だから、天使は空へ上ることも、またここからほかへ旅をすることもできませんでした。月日がたつにつれて、ガ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・寒い冬の夜も、また、暑い夏の日盛りもいとわずに働きました。そして、自分の家のために尽くしました。また、もう一度、失ったバイオリンを自分の手に買いもどして、それを弾きたいという望みばかりでありました。 けれど、あのバイオリンが、はたして、・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・また一日じゅうの時刻については「朝五つ時前、夕七つ時過ぎにはかけられない、多くは日盛りであるという」とある。 またこの出現するのにおのずから場所が定まっている傾向があり、たとえば一里塚のような所の例があげられている。 もう一つ参考に・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・の花がほろほろこぼれているような夏の日盛りの場面がその背景となっているのである。 父はいろいろの骨董道楽をしただけに煙草道具にもなかなか凝ったものを揃えていた。その中に鉄煙管の吸口に純金の口金の付いたのがあって、その金の部分だけが螺旋で・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・私はZ町まで用があって日盛りの時刻に出掛けて行った。H町で乗った電車はほとんどがら明きのように空いていた。五十銭札を出して往復を二枚買った。そしてパンチを入れた分を割き取って左手の指先でつまんだままで乗って行った。乗って行くうちに、その朝や・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・自分も母にねだって蚊帳の破れたので捕虫網を作ってもらって、土用の日盛りにも恐れず、これを肩にかけて毎日のように虫捕りに出かけた。蝶蛾や甲虫類のいちばんたくさんに棲んでいる城山の中をあちこちと長い日を暮らした。二の丸三の丸の草原に・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ いつぞや柳橋の裏路地の二階に真夏の日盛りを過した事があった。その時分知っていたこの家の女を誘って何処か凉しい処へ遊びに行くつもりで立寄ったのであるが、窓外の物干台へ照付ける日の光の眩さに辟易して、とにかく夕風の立つまでとそのまま引・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ もう、水の中に入らねばしのげないという日盛りの暑さでもないのに、夕方までグラウンドで練習していた野球部の連中が、泥と汗とを洗い流し、且つは元気をも誇るために、例の湖へ出かけて泳いだ。 ところがその中の一人が、うまく水中に潜って見せ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・重々しい、秒のすぐるのさえ感じられるような日盛りの熱と光との横溢の下で、樹々の緑葉の豊富な燦きかたと云ったら! どんな純粋な油絵具も、その緑玉色、金色は真似られない、実に燃ゆる自然だ。うっとり見ていると肉体がいつの間にか消え失せ、自分まで燃・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 蒸暑い日の日盛りに、車で風を切って行くのは、却て内にいるよりは好い心持であった。田と田との間に、堤のように高く築き上げてある、長い長い畷道を、汗を拭きながら挽いて行く定吉に「暑かろうなあ」と云えば「なあに、寝ていたって、暑いのは同じ事・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫